道春は駿府の自宅で赤子をあや
していた。
 三十歳を過ぎて亀との間に男
子、後の叔勝(よしかつ)が誕生
したのだ。
 小早川秀秋の時に別れた側室と
の間にできた子らとは二度とふれ
あうことはできない。それだけに
この赤子を抱くことの喜びはひと
しおだった。
 亀が別の部屋から声をはった。
「旦那様、もうそろそろお城にお
いでにならなくてよいのですか」
「おお、もうそんな頃合いか。分
かった、すぐに仕度をする」
 亀が手ぬぐいで手を拭きながら
部屋に入り、赤子を道春から受け
取った。
「はよう、はよう。大御所様に怒
られますよ」
「心配いらん。このところ大御所
様は吾妻鏡ばかり読んでおられ
る。今日もそれを側で見ているだ
けじゃろう」
「お仕事のことはよく分かりませ
んが、お待たせするのはよくあり
ません。ささ、お仕度を」
「分かりました」
 道春は残念そうに赤子と別れ、
仕度をして自宅を後にした。