千代を引き離された振は悲しみ
にくれ、病弱だったこともあって
寝込むことが多くなった。
 そんな静まりかえった大奥で騒
ぎが起きた。あたりに煙がたちこ
め女中らが「火事にございます、
早くお逃げください。火事にござ
います」と叫びながら走り回っ
た。煙は台所から上がり、炎は瞬
く間に燃え広がって江戸城、本丸
に飛び火して手がつけられれない
状態となった。
 やがて本丸がすべて燃え尽き鎮
火した。幸い人への被害はたいし
たことはなく、紅葉山に移した文
庫も元の場所にあれば消失してい
たが、運良く免れた。
 家光はすぐに火消しの制度を強
化して浅野長直らを奉書火消役の
専任とした。
 この頃、各地で火災が相次ぎ、
貴重な書物を預かっている道春と
しても気がめいる毎日だった。そ
うした時、春斎に以前から親しく
していた倉橋至政の娘との縁談が
持ち上がった。至政の父、政範は
御賄奉行をしていた。
 道春はさっそく亀と相談し、十
一月十五日に婚礼をとり行った。