寛永十一年(一六三四年)
 年が明けて間もなく、春日局は
やつれて病床についた稲葉正勝の
側にいた。
「母上、正利を助けることが出来
ませんでした。申し訳ありませ
ん。父上の万分の一もお役に立て
ませんでした。申し訳ありませ
ん」
「なにを申す。正勝は稲葉家の大
功労者です。私の誇りです。今は
ゆっくり養生しなさい。私が必ず
病を治します」
「母上、私のことより上様をお守
りください。上様のほうがご心痛
が深く、孤独になられておるので
す。早く上様を支える者を見つけ
ねば」
「分かりました。上様のことは母
が守ります。心配いりません。上
様には母の違う弟君がいらっしゃ
るのです。そのお方が上様の支え
となりましょう」
「そうでしたか。よかった。これ
でゆっくり眠れます。母上、あり
がとうございます」
「そうです。焦らずゆっくりと養
生するのですよ」
 正勝は心地良さそうに眠りにつ
いた。それから数日後、起き上が
ることなく死んだ。