家を訪ねてきたのは、麻那美のお父さんだった。葬式があった日から1度も顔を合わせなかったので、久しぶりにまじまじと見詰めると、日々の農作業で日に焼けた肌と顔つきが凛々しかった。
先にお母さんが応対していたが、麻那美のお父さんは僕を見つけると、すぐに僕を呼んだ。
お母さん曰く、「一悟に頼みたい事がある」のだそう。

そして、僕は麻那美のお父さんに連られて家を出て、ある場所へ案内される。
隣の家…つまり、麻那美の家の玄関である。
そこで、僕に背を向けていた麻那美のお父さんが振り返り、話を切り出してきた。

「あのさぁ…一悟?」
「なに?」
ああ…。やっぱりあの時の他人行儀より、こっちの接し方の方がいい。
そう思いながら、話に耳を傾けた。
「おじさんさ…そのー…お嫁さんが居なくなったじゃん?」
「…うん」
「それで…麻那美は、お母さんが居なくなったじゃん?」
「うん」
語尾の言い回しがパターン化してきている。
もう少し僕が大人なら物事を察することも出来たのかもしれないが…残念ながら今は子供で、僕にとってそれは難しい。
「…おじさんにとっても麻那美にとっても、大切な人を亡くしてしまったんだよ…。いや、別に俺はもう平気だけど、麻那美がねー…」
そう言って、バツの悪い表情を浮かべた。
「…麻那美がどうかしたんですか?」



「アイツ…笑わなくなっちゃった」

僕は、笑わない麻那美が想像出来なかった。
話の相槌を打つ麻那美はいつも、笑顔だったから。
僕のお母さんが死んでしまったら、僕も笑わなくなってしまうのだろうか。
いや、そもそもお母さんが死ぬって事もイマイチ想像出来ない。
決して若いとは言えないが、それでもまだまだ元気なのだから。
そんな人が急に____あ。

「だからさぁ…アイツの母親役なんて頼む訳じゃないけど、これからも遊んでやってほしい。支えてやってほしい。確かに今は笑わないけど、根本はいつものアイツだから」
僕はハッとする。
麻那美は「突然」に変化を遂げた日常に、心がついて来ていないのだ。
「当たり前」。こんな素晴らしくて便利な現象は簡単に崩れてしまうものなのだ。
その理不尽に麻那美は呑み込まれ、壊れてしまった。
壊れた幼馴染に出来ることが、僕には分かる。まだビールも飲めない子供でも分かる。
母親を突然失った心の痛みは分からないけど、だからといって目を背けるのは間違いだと、僕は確信する。


心の痛み。それを……僕が断ち切る。

僕はそう固く決意し、「はい!」と返事をした。