「あれは・・・」

「目に留まりましたか?」

 マスターの声に振り返ると、目の前には一つのカップが置かれていた。

「あれはここに来られたお客様の預かりものなんですよ」

「そのお客さんというのは・・・」

「残念ながら、詳しくお話することはできませんが」

「そうですか」

「あの絵にご興味がおありになるようですね」

「はい。最近よく見る夢の中に必ず出てくるんです。あれと同じイチョウの木がいつもあって。でも、私は全く見覚えがないんです」

「もしかしたら、忘れている風景なのかもしれませんね。あなたの心の奥深くに眠っているのかもしれません」

「そうでしょうか?」

 絵を見上げながら、カップの飲み物を一口飲んだ。

 喉を通り過ぎてお腹に入ると、中から暖かくなった。

「おいしい」

「そうでしょう?」

 マスターの笑顔を見ながら、もう一口飲んだ。

 その瞬間、涙が溢れてきた。

「どうしたんだろう、私」

 視界が次第にぼやけてくる。

 目の前がイチョウの葉の色に染まっていく。

 風が絵のあった方向から吹いてくるのだけがわかる。

 急に体が軽くなり、風に乗って運ばれていった。