『俺…一時期悩んだことがある。』


「…っえ?」


『自分って欲張りなのかなあって。誰よりも自分が生きてえって思うのは、欲張りなのかなって。』


「そんなことない…っ。」


『でも、俺が消えることで悲しむ人がいるんだったら、それは欲張りなんかじゃねえよな。』


「…っ。」


『俺は、みんなの笑顔が好きだ。』


まるでわたしが見えているかのように微笑みかける、


『穂花、これからもずっと笑って生きて行け。』


こぼれ落ちる涙を制服の裾でゴシゴシと乱暴に拭い取ると、わたしは悠をじっと見つ
める。


『俺を笑って思い出してくれないかな?』


悠はふわっとお日様みたいに頰を緩める。


『悲しい思い出になんて俺はなりたくない。俺の最後の願いは…穂花に、笑い続けてもらうこと。』


わたしは悠に頷くけれど、それでも、涙が止まらない。


『今はまだ無理かもしれない。だけど、人生はどこまで続くかわからないだろ?その先ずっと俺のこと泣きながら生きられても、困るんだよなあ。』


悠は苦笑するけれど、なんだか嬉しそうだった。

バカ…こんな時まで…照れないでよ。


『きっと、色んな事がこの先おこる。良い人と結ばれるかもしれねえ。穂花は俺のヒーローだから。ヒーローは笑ってないといけないんだぞ。』


わたしが…悠の…ヒーロー?


『ヒーロー同士の約束。』


悠が小指を出すから、わたしも小指をそっと出す。


『春になって桜が咲いたら、俺はきっと穂花のことを思い出す。もしそれで穂花も俺を思い出したなら、二人で笑い合おうな。』


いつの間にか看護婦さんが開けていた窓から桜の花びらが舞い込んでくる。

ほのかに香る桜の甘い匂いを胸いっぱいに吸い込む。


『穂花は桜で、俺は海になるって、ずっと前言ったよな。今は空になったけど、見上げれば俺がいる。桜の花が風に乗って飛んできたら、俺はきっとそれを手にとって、穂花を思い出す。』