『それだったら俺は、ヒーローになんてなりたくなかった。』


去年の春、真夜中の屋上でそういった悠の言葉が、ぐさっと心に突き刺さった。

いつだってわたしを助けてくれた悠。お父さんに会わせてくれたのだって、美菜ちゃんと仲直りさせてくれたのだって、全部悠だった。

なのに…そんな悠が…


『ヒーロになんてなりたくなかった。』


そう口にした時、始めて、いつだって笑顔で何事にも前向きな悠の本音がわかったような気がした。


わたしは悠に何も言うことができなかった。


崩れ落ちって泣いてしまったのを、今でも後悔している。


そんなわたしを見て、悠が困ったように言ったのを覚えている。


『もう、病院、来んなよ。』


行くと言い張れば、


『きっと俺は、今までの俺じゃいられなくなる。それでも側にいたいなら…。」


どこか遠くを見ながら悠はそう答えた。

その日から、わたしは悠を今までのように見れなくなった。

どれだけ笑っていても、きっと今、悠は辛いんだろうな、とか、自分じゃなくてわたしに病気になって欲しいんだろうな、とか、考えがどんどんと悪い方向に向かっていった。

それでも、わたしは温かい悠の側を離れることができなかった。

いつの日か父が泣き叫んだ言葉が蘇ってきた。


『もうっ、大好きなあの人にっ、っ触れることさえもできなくなるんだっ!ただそっと抱きしめることさえっ…っできなくなるっ…っ。』



今になってやっと、父の想いが時を経てわたしに伝わったような気がした。

大好きな悠の側に居られるだけで幸せで、悠のぬくもりを感じるだけで充分だった。



『何があってもっ、喋れなくなってもっ…っ、動けなくなってもっ、その人の温もりさえあればっ、俺はっ、充分なんだっ!』


お母さんは…


『…っ、美奈子っ…癌…っだったのに…っ…穂花…っ産んだ。』


何をおもってわたしを産んだのだろう。


自分が危ない生と死の間にいることを知っていて、それでもなお、わたしを産んだのは、どうしてだろう。


いっそ、自分なんて生まれなければよかった。なんどそう願ったことか。そしたらお父さんは幸せになれたのかもしれない。


だけど今は、そうは思わない。悠と一緒に居られることの幸せをしれたから、そうは絶対に思わない。