「なんで、この部屋に?」
「眠れそうになくて…」
まったく…探しただろ。
「うちは母子家庭で幼い頃、ピアノを強請ったけど買ってもらえなかったんですよね」
「そう」
葉山さんはピアノに触れようとして、でも指を浮かせたまま躊躇って触れなかった。
「圭さんは、弾けるんですか?」
俺は母親に教わってたけど、亡くなった時にピアノはやめた。
だから基礎の基礎しか弾けない。
この部屋に入るのも久しぶりだった。
「弾いてみたい?」
「弾けませんよ」
部屋の隅の本棚の、子供の頃に使ってた教本を引っ張り出した。
懐かしいページを開く。
「指3本だけでいいから、こうして、」
叩く鍵盤を教えた。
「それをずっと続けて」
葉山さんが奏でる和音に合わせて、俺が旋律を弾いた。
初めはリズムを保つのに必死だった葉山さんは、一曲が終わる頃には慣れて笑顔を向けてきた。
肩が触れ合う程の近さ、さっきの風呂場を思い起させる香りが俺の鼻をくすぐった。