熊本市内に戻ると、車は圭さんの宿泊するホテルの地下駐車場に入った。
「降りて」
駐車すると圭さんが言った。
降りて、と言われても…
「上のバーで飲もう」
運転席を出る背中を見つめた。
バー…
自分の複雑な感情に戸惑う。
気付かれないように細く息を吐いた。
黙って助手席を降りると、圭さんの後をついてエレベーターに乗る。
フロントのある一階で降りると、圭さんはチェックインの手続きをしに行った。
平日の夜、ビジネスマンや観光客らしき人達がロビーを行き交ってる。
タウン誌に携わる人間としては、熊本を楽しんで帰ってもらえたらいい、って眺めてた。
何かと仕事に結びつけてしまうのは、最早職業病だ。
しばらくして圭さんが私の元に戻ってくると、上を指差した。
バーラウンジは最上階にある。
バッグを持つ手を肩に引っ掛けて、数歩先を歩き始めた圭さんを斜め後ろから見た。
今ここでこうして一緒にいるのが不思議。
あの大雨の日、別れたことを思い出せば今この瞬間でさえ胸がキュッと苦しくなる。
幸せで浮かれるよりも、拒絶されたダメージに哀しいけど心は慣れてた。
圭さんがエレベーターのボタンを押すと、私を振り返った。
差し出された手が、私の手を握った。
握り返して、近づいた距離から圭さんを見上げる。
フワリとした微笑みが、不安を奥の方へ押しやった。
