目の前のこの人は、弥生の過去も、弥生の母親の過去も知ってる。

 親父がここに弥生がいないのを分かっても、俺を引き返させなかったのは何故だろう。
 話を聞けるだろうか?

「不躾ですが…父が弥生さんのお母さんに手切れ金を渡していたとか…」

 伯母さんは、卓上のポットから湯を汲んでお茶を注いでくれた。
 お互いに当人ではないとはいえ、気持ちの良い話じゃない。
 俺は目の前に置かれた緑茶の湯呑に視線を落とした。

「妹が亡くなるまで、あなたのお父さんは手切れ金の存在なんて知らなかったようです」

 顔を上げて伯母さんを見た。
 まだ俺の知らない親父の過去があるみたいだ。

「どういうことですか?」

「あのお金は、今の社長さんから渡されたようです」

 親父の会社の社長、つまり俺の大叔父だ。
 准を産まなければ母は死ななかったと言った、あの大叔父。
 俺も准も苦手で敬遠してた。

「生前に妹に頼まれました、『社長さんに返して欲しい』って。
でも取り合ってもらえませんでした。
…それでお父さんに」

「何で大叔父が手切れ金を?」

 弥生の伯母さんも自分のために茶を入れると、一呼吸置くようにそれに口をつけた。
 湯呑みを戻すと言った。


「…あなたのお父さんに縁談の話が出たと言ってました。銀行の頭取の娘さんとか…」