コガレル ~恋する遺伝子~

***


 帰国すると一度マンションに戻ってから、実家へ向かった。

 時差ボケと疲労は感じてた。
 それでも思い立った今行かないと、次にいつ帰る気が起きるのか自分でも分からなかった。

 平日の昼間だ。
 親父の車はなかった。
 准もおそらく学校だろう。
 玄関の扉を開けると感じたのは、慣れた家の匂いと埃臭さだった。

 しばらく掃除してないな、これは。
 リビングに入ると窓を開けて換気した。
 そのままキッチンへ足を踏み入れると、冷蔵庫へチーズを突っ込んだ。
 イタリア土産だ。

 窓の外を見た。
 風のない秋の穏やかな陽射しだった。
 いい天気の日はいつも、そこに干されてるはずの洗濯物はなかった。

 ふとカウンターに置いてあるノートが目に入った。
 前はこんなところにノートなんてなかった。
 ノートは二冊。
 一冊は家の中のあらゆる家事作業の内容、もう一冊はレシピのようなものだった。

 ようなもの、というのはレシピ以外にも個人的な感想?のような、覚書?のようなものが随所に散りばめられてたから。

 適当に開いて選んだ、とある見開きページのコメント。

「『健吾さん、会食。
圭さん、好き嫌い言わず何でも食べる。
准君、カボチャの煮付け好物。最後まで取っておく』って何だコレ…」

「弥生ちゃん、賢いようで、どっかヌケてんだよね」

 突然背後から、准の声がした。
 誰もいないと思ってたから、一瞬心臓がドキリと痛んだ。

「学校は?」
「振り替え休日、文化祭の」

 あぁ、そうなのか。
 鼓動にまだ早さを感じながら、納得した。
 准はキッチンの中まで入ってくると、アイランドの作業台に寄りかかった。

「カボチャ最後まで残すのは、あれオカズにならないから。
どっちかって言うと、嫌い」

 そう言って呆れ顔で笑った。
 弥生の程よいヌケ感が蘇る。


「俺は、好きだったよ…」