慌ててエレベーターに乗り込んで気付いた。
傘がない。
でも部屋に戻ったところで傘はない。
越したばかりで、まだ傘の出番がなかった。
一階に着いてエレベーターを出た所で、コンシェルジュのおじさんが待ってた。
「何で私の客だと?」
これだけ世帯があるのに、何で俺の客だと思ったのか不思議だった。
「お帰りになられたお連れの方が、あの方に話しかけられていたので。
観察するのも仕事なもので、申し訳ありません」
成実だ。
そこにいるのが弥生なら、一体何を話した?
コンシェルジュとロビーを抜けると、オートロックのさらに向こう側が見える。
街頭に照らされた雨に煙る街路樹の下に、弥生はいた。
「知り合いです、ご面倒かけてすみませんでした」
「いいえ。これをどうぞ」
コンシェルジュは持っていたビニール傘を俺に手渡すと、所定の位置に戻って行った。
外に出ると雨足は思いの外強かった。
アスファルトに打ち付けた大粒の雫は、王冠のような形を作っては瞬時に平らに消えていった。
