コガレル ~恋する遺伝子~



「あの子、お父さんから圭に乗りかえたの?」

 エレベーターに乗り込んで成実の腕を解いたら、不服そうにそんなことを言われた。

「そうじゃない。それに成実に話すことは何もないし。」

 成実と横に並んで立ってるから、視線は合わない。
 多分俺と同じように、昇りゆく階数表示を見てるはずだ。

 エレベーターが止まってドアが開くと、降り際に一階のボタン押した。
 箱を出てすぐに振り返ると、成実が降りられないように立ちふさがった。

 それなのに成実は、勢いをつけて抱きついてきた。
 不意をつかれて一歩後ろに引き下がってしまった瞬間、成実の背後でドアが閉まった。

「何やって…」
「ずっと好きなのに、なんで私じゃダメなの?」

 成実が俺の胸に顔を埋めた。
 誰かに想い焦がれる気持ちは、俺にも良く分かる。
 それでも、こんな時でも…成実が違うことを確認してた。
 求めてる感触と違う。

 無理だ。
 抱きしめ返せない。

 たった一人だけ。
 他の誰かは受け付けない。
 今や、一生持ち主の現れないガラスの靴を、懐で温める憐れな男だ。

「さっきだって、あの週刊誌だって…散々利用してんの分かって、なんで俺に愛想尽かさないの?」
「私は真性のМなの!」

 俺の胸から顔を上げずに言う成実に笑った。
 100人いたら、100人が『Sだろ!』って突っ込むことだろう。
 声を上げて笑ったのは久しぶりだ 。