「少し話そうか」

 夕食の後片付けをしてる時だった。
 専務も准君も部屋に引き上げて、もしかしたらどちらかはお風呂に入ってるのかも知れない。
 圭さんも一度は部屋に入ったのに、降りてきて私に声をかけた。

 気づいたら私は、さっきからずっとシンクに向かって同じ鍋を洗ってた。
 泡を洗い流して手を拭くと、圭さんに振り返った。

「どうして、出てくの?」

「ピアノの部屋で話そう」
「嫌!」

 自分でも驚くくらいの大声を出してしまった。
 あそこは嫌。
 圭さんとの思い出の場所だから。

 ここ数日の圭さんの様子はおかしかった。
 あんなに抱きしめて、たくさんキスしてくれたのに、今では触れられなくなった。

 ピアノの前で別れを告げられたら、きっと冷静ではいられない。
 圭さんの表情を見れば、哀しい予感が止まるはずもなかった。