「親父は…?」

 私を抱きしめたまま、耳元で囁くかすれた声。
 そう、専務の婚約者設定なんだ…
 住む場所確保のために嘘をついた。

「ごめんなさい、専務と結婚はしません。
…ずっと嘘をついてました。」

 それを聞いた圭さんは身体を離した。

「…本当に?」

 頷いた私に対して、怒った表情も軽蔑の言葉もなかった。
 それより、またキスを仕掛けてくるから腕を突っ張って拒否した。

 こんなに密着して私に構う圭さんが理解できない。
 全てがクリアになった訳じゃないのに。

「成実さん…は?」

 圭さんは胸に貼りついた私の手を握ると、読み取れない複雑な表情をした。

「ずっと一緒だったから、成実のことは嫌いになれない」

 さっきのドラマのシーンが浮かんだ。
 ベッドで重なる二人。
 圭さんの均整の取れた背中の下に、成実さんは隠された。
 それでも肩甲骨に爪を立てる指が、存在を主張してた。

 そういえば、あの爪は昨日の派手なネイルじゃなかった。

 ドラマを見る視界は滲んでたのに、しっかりと記憶してる自分が可笑しかった。