アレクシスは悩んでいた。
 館の窓から見渡す森は、夕日に赤く染まっていた。今日もまた一日が終わってしまうのだ。
 日が傾き始めてから何度目かのため息をつくと、アレクシスは窓から顔を背けた。
「あと三日か…」
 三日後に彼は成人を迎える。宴では賑やかな音楽と美味しい料理が供され、彼の成長が盛大に祝われるだろう。侍従を始め、いつもは厳しい供の者たちも感動に涙するかもしれない。
 …だが、それもすべてアレクシスが立派に〈成人の儀〉をやり遂げればの話だ。
「みっか…」
 アレクシスは森を支配する狼の一族の中で、王の息子として生まれた。直系の長男なので、誰の異論もなく王位継承権は第一位である。
 異論を持つ者がいるとしたら、
「駄目だ…わたしには、無理だ…」
 彼自身だろう。
 アレクシスは気の優しい狼だった。将来王になるべく、幼い頃から厳しく武術を仕込まれ、力がすべてだと躾けられてきたけれど、今日に至るまでアレクシスには一族の教えがぴんと来ない。
 恐怖でしか他者を御せないなんて、そんなの嘘だ。
 辛い現実から目を逸らすように、アレクシスは昨晩読んだ本を思い返した。食べるために買っていた小鳥を愛してしまう獣の話だった。小鳥は決して暴力に訴えないけれど、獣は小鳥の意に染まぬことはしないのだ。
 本は愛が他者の心を溶かし、ときに従わせると説いていた。
 アレクシスもその愛が知りたかった。
「殿下」
 空想を打ち破る、冷たい声が響く。廊下の向こうから侍従が陰気に問いかけてきた。
「お決めになりましたか」
「…まだだ」
「決断はお早くなさいませ。いよいよとなれば、わたくしが村より一匹連れてまいります」
「駄目だ!」
 平坦な声にアレクシスはひやりとする。侍従はやるといったら本当に実行する男だ。
「…駄目だ…、お前はなにもしなくていい」
「…」
「わたしが決める」
 それ以上なにも言わず、侍従は去って行った。気配が完全に消え、アレクシスは深い深いため息をつく。
 〈成人の儀〉―――父の、そのまた父の、ずっと昔から続けられてきたその儀式とは、人間を一人無残に殺すこと。
「わたしは…、そんな…」
 力ない声が小さく響いた。