むかしむかし、ある小さな村に「赤ずきん」と呼ばれる可愛い女の子がいました。
 それというのも、彼女はいつも真っ赤なずきんを被っていたからです。
「それ、僕がこの前贈った髪飾りだよね」
 金の髪に留められた花飾りを指さして彼は笑いました。彼はデニスといって、隣に住む若い猟師です。
 デニスのあまりにも嬉しそう顔がなんとなく癪に障り、赤ずきんは肩に下ろしていたずきんをさっと被ってしまいました。
「どうして隠すのさ」
「あんたのにやけた顔が嫌だったからよ」
 素っ気なく言って、赤ずきんは脇に置いておいた刺繍を再開します。
「…そろそろ帰れば」
「なんだよ、冷たいな」
 少し前までは僕が帰ると言うと泣いて追ってきたくせに。流し目でデニスが言いますが、赤ずきんは無言です。
「無視するなよ」
「…ホントにさ、そろそろ帰ってよ。見て分かんないかな、忙しいの」
 確かに、彼が遊びに来てからもずっと赤ずきんは手を止めません。
 デニスが覗き込むと、真っ白いハンカチには黄色い小鳥が描かれていました。
「どうするんだい、それ」
「おばあちゃんにあげるのよ」
 赤ずきんのおばあさんは、近くの森の中で一人きりで住んでいます。
「明日、誕生日なの。あんたが邪魔してくれてるから、今夜は徹夜かもしれないわね」
「そりゃどうも」
 軽く言って、デニスは肩をすくめます。それから少し考えて、
「明日森に行くの?」
「そうよ」
「一人で?」
「ママは忙しいもの」
 赤ずきんの家にお父さんはいません。その分、お母さんが一生懸命働いているのです。
「僕が一緒に行ってやろうか」
「なんで。いいわよ」
 赤ずきんは鼻で笑いましたが、デニスは黙ったままです。ちらりと彼を見ると、真顔で赤ずきんを見返していました。
「なによ」
「森の獣には気をつけろよ」
 彼の口癖です。赤ずきんが気のない様子で頷くと、デニスは怖い声を出しました。
「ちゃんと聞けよ」
「…うん」
「僕の父さんみたいになってほしくないんだ」
 デニスのお父さんは同じく猟師で、森の獣に殺されていたのでした。