消極的に一直線。【完】

「あんた、下の名前なんだっけ」


「え? えっと……雫、です」


 答えると、寺泉さんは笑いながら「オーケー」と続けた。


「あたしは倖子(こうこ)。下の名前で呼んで。よろしくね、雫」


 ドキリと心臓が跳ねた。

 今、私は下の名前を呼ばれた。そして、寺泉さんから、下の名前で呼んでほしいと言ってくれた。


 これは何だろう。

 私は今、すごく、すごく、現実とは思えないような、妄想の中のような、そんな出来事の最中にいる。


 本当に、呼んでもいいのかな。下の名前。

 おさまらない鼓動を感じながら、手に力を込める。


「こ……倖子、ちゃんっ……」


 言ってしまった。呼んでしまった。


「ちゃん付け? まぁいいけど」


 寺泉さん……倖子ちゃんは笑っている。


 
『一生懸命頑張ったら、きっと伝わるよ』


 颯見くんの言葉に、胸が温かく包まれた。



「んじゃ、私そろそろ帰るから。また明日ね、雫」


 頷くと、倖子ちゃんは、手をひらひらと振って教室を出て行った。