二人がいなくなって、嵐が過ぎ去った後のように、シン、と静かになる階段。
「吉田に変なことされなかった?」
颯見くんの声が、静かに反響した。
――颯見は人の言葉を絶対蔑ろにしない。だから、態度じゃなくて言葉で伝えてやって
吉田くんは、そのために私と颯見くんを二人にしてくれたんだ。
颯見くんとよく一緒にいる楽しそうな友達って思ってたけど、それだけじゃない。やっぱりすごく良い人なんだな。吉田くんも、颯見くんのことすごく大切に思ってくれてるんだ。
そう思ったら自然と口元が緩んで、笑顔で頷いていた。
「そっか、良かった」
颯見くんはそんな私を見て優しく笑ってくれた。
「俺らも教室戻ろっか」
そう言って階段を上ろうとする颯見くん。
「あ、」
思わず声を漏らすと、それを聞き分けてくれた颯見くんは「ん?」と動きを止めた。
颯見くんは人の言葉を蔑ろにしない。本当に、吉田くんの言った通りだ。今もこうして私の言葉を聞こうとしてくれている。
おかしな態度を取ってしまったこと、ちゃんと言葉で謝らなきゃ。
「あの、私、」
言いかけると、颯見くんが「うん」と優しく頷いて、私に向き直った。
こうやって私の話を真剣に聞こうとしてくれるところ、出会った時からずっと変わらない。
なんだか胸の奥が熱くなって、押し出されるように声を出した。
「私、颯見くんが、好き」
自分の声が、他人のものみたいに反射して耳に入る。
あれ?
発していたのは、予定とは全く違う言葉。
違う。謝ろうとしていたのに。
「あ、あの、えっと」
慌てて言葉を繋げようとするけど、上手く思考が回らない。
視線を泳がせながらチラリと颯見くんを見ると、颯見くんは片手をくしゃっと髪に当てていて、表情がよく読み取れなかった。
突然告白をしてしまった。
時間の経過と共に、自分の発した言葉の実感が湧いてきて、頬に熱がのぼる。
私が颯見くんを好きだということは、颯見くんも既に知っていることだけど。だけど、こんなタイミングで突然言ってしまうなんて。
「私、ごめ、あのっ」
「哀咲」
言葉のまとまらない私を止めるように、颯見くんが名前を呼んだ。
は、と息を吐いて、口をつぐむ。
「俺も、」
颯見くんが、髪に当てていた手をスッと下ろして、真っ直ぐに私を見た。
トクン、と鼓動が大きく揺れる。
「好きだよ」
颯見くんの柔らかな声が、二人しかいない階段に、静かに響いた。
初めて聞いたわけでもないのに、ドクドクと心臓の音がうるさい。
私を見つめる颯見くんの瞳が、少しだけ色を変えた気がした。
「俺、」
一歩。颯見くんが私に近づく。
「もっと哀咲に近付いていい?」
スッと頬に颯見くんの手が延びて、ゆっくり、ゆっくり、触れた。
触れた頬から熱が回って、鼓動が速度を上げる。
少しだけ、颯見くんの手が震えている。
なんだか、すごく、緊張する。
「嫌なら、逃げて」
そう言った颯見くんの声も震えていて、何もわからないまま、私は首を横に振った。
それを確認した颯見くんが、眉を下げて笑って。
ゆっくり。ゆっくり。顔を近づけた――。
キーンコーンカーンコーン――
大きくチャイムが響いて、颯見くんは私の顔との距離を数センチ残したまま動きを止めた。
一瞬固まったあと、サッと顔色を変えて飛び退く颯見くん。
「俺っ、何、うわ、」
そう狼狽えながらその場にしゃがみこんだ颯見くんを見ながら、やっと時間差で状況を理解し始めた。
あれ。今の。あれ?
思わず止めていた息を吐きながら、ぐるぐると目が回りそうなほど思考が働き出す。
何だったんだろう。何、だったんだろう。
混乱と熱でおかしくなりそうな頭に手を当てて、さっきの光景を思い出そうとするけど何もわからない。
とにかく鼓動がうるさくて、近付いてくる颯見くんの綺麗な顔を、ただただ見ていて。
もし、あのままチャイムが鳴らなかったら、何があったの?
「ごめん、俺、キスとかそういうの、簡単な気持ちでしたくないって言ったのに」
颯見くんが呟いた言葉に、ドクンと心臓が跳ねた。
キス。
「いや、違うんだ、俺は」
言いながら立ち上がった颯見くんが、少し視線を逸らしながらもう一度私に向き直った。
「今のも簡単な気持ちでしようとしてたわけじゃなくて……そうじゃなくて」
こんなに狼狽えている颯見くんを見るのは、たぶん初めて。
まるでいつもの私のように言葉を探しながら必死に声を発している。
私は、自分の鼓動の音を聞きながら、そんな颯見くんの言葉を聞き逃さないように耳を傾けた。
「そういうことは、ちゃんと哀咲の気持ちが追いついてからって思ってたんだ」
斜め下に向けていた颯見くんの視線がゆっくりと前を向いて、私の視線とつながる。
「怖がらせたくないし、哀咲のこと大切にしたいから」
ドクンドクン、と鼓動はずっと胸の奥で主張を続けている。
「ほんとごめんな」
謝る颯見くんに思いきり首を振る。
違う。私は颯見くんとキスすることを期待していた。怖いなんて思わなかった。少し残念がっている自分さえいるぐらい。
「教室戻ろう」
颯見くんが困ったように笑って言って、階段を上り始めた。
「吉田に変なことされなかった?」
颯見くんの声が、静かに反響した。
――颯見は人の言葉を絶対蔑ろにしない。だから、態度じゃなくて言葉で伝えてやって
吉田くんは、そのために私と颯見くんを二人にしてくれたんだ。
颯見くんとよく一緒にいる楽しそうな友達って思ってたけど、それだけじゃない。やっぱりすごく良い人なんだな。吉田くんも、颯見くんのことすごく大切に思ってくれてるんだ。
そう思ったら自然と口元が緩んで、笑顔で頷いていた。
「そっか、良かった」
颯見くんはそんな私を見て優しく笑ってくれた。
「俺らも教室戻ろっか」
そう言って階段を上ろうとする颯見くん。
「あ、」
思わず声を漏らすと、それを聞き分けてくれた颯見くんは「ん?」と動きを止めた。
颯見くんは人の言葉を蔑ろにしない。本当に、吉田くんの言った通りだ。今もこうして私の言葉を聞こうとしてくれている。
おかしな態度を取ってしまったこと、ちゃんと言葉で謝らなきゃ。
「あの、私、」
言いかけると、颯見くんが「うん」と優しく頷いて、私に向き直った。
こうやって私の話を真剣に聞こうとしてくれるところ、出会った時からずっと変わらない。
なんだか胸の奥が熱くなって、押し出されるように声を出した。
「私、颯見くんが、好き」
自分の声が、他人のものみたいに反射して耳に入る。
あれ?
発していたのは、予定とは全く違う言葉。
違う。謝ろうとしていたのに。
「あ、あの、えっと」
慌てて言葉を繋げようとするけど、上手く思考が回らない。
視線を泳がせながらチラリと颯見くんを見ると、颯見くんは片手をくしゃっと髪に当てていて、表情がよく読み取れなかった。
突然告白をしてしまった。
時間の経過と共に、自分の発した言葉の実感が湧いてきて、頬に熱がのぼる。
私が颯見くんを好きだということは、颯見くんも既に知っていることだけど。だけど、こんなタイミングで突然言ってしまうなんて。
「私、ごめ、あのっ」
「哀咲」
言葉のまとまらない私を止めるように、颯見くんが名前を呼んだ。
は、と息を吐いて、口をつぐむ。
「俺も、」
颯見くんが、髪に当てていた手をスッと下ろして、真っ直ぐに私を見た。
トクン、と鼓動が大きく揺れる。
「好きだよ」
颯見くんの柔らかな声が、二人しかいない階段に、静かに響いた。
初めて聞いたわけでもないのに、ドクドクと心臓の音がうるさい。
私を見つめる颯見くんの瞳が、少しだけ色を変えた気がした。
「俺、」
一歩。颯見くんが私に近づく。
「もっと哀咲に近付いていい?」
スッと頬に颯見くんの手が延びて、ゆっくり、ゆっくり、触れた。
触れた頬から熱が回って、鼓動が速度を上げる。
少しだけ、颯見くんの手が震えている。
なんだか、すごく、緊張する。
「嫌なら、逃げて」
そう言った颯見くんの声も震えていて、何もわからないまま、私は首を横に振った。
それを確認した颯見くんが、眉を下げて笑って。
ゆっくり。ゆっくり。顔を近づけた――。
キーンコーンカーンコーン――
大きくチャイムが響いて、颯見くんは私の顔との距離を数センチ残したまま動きを止めた。
一瞬固まったあと、サッと顔色を変えて飛び退く颯見くん。
「俺っ、何、うわ、」
そう狼狽えながらその場にしゃがみこんだ颯見くんを見ながら、やっと時間差で状況を理解し始めた。
あれ。今の。あれ?
思わず止めていた息を吐きながら、ぐるぐると目が回りそうなほど思考が働き出す。
何だったんだろう。何、だったんだろう。
混乱と熱でおかしくなりそうな頭に手を当てて、さっきの光景を思い出そうとするけど何もわからない。
とにかく鼓動がうるさくて、近付いてくる颯見くんの綺麗な顔を、ただただ見ていて。
もし、あのままチャイムが鳴らなかったら、何があったの?
「ごめん、俺、キスとかそういうの、簡単な気持ちでしたくないって言ったのに」
颯見くんが呟いた言葉に、ドクンと心臓が跳ねた。
キス。
「いや、違うんだ、俺は」
言いながら立ち上がった颯見くんが、少し視線を逸らしながらもう一度私に向き直った。
「今のも簡単な気持ちでしようとしてたわけじゃなくて……そうじゃなくて」
こんなに狼狽えている颯見くんを見るのは、たぶん初めて。
まるでいつもの私のように言葉を探しながら必死に声を発している。
私は、自分の鼓動の音を聞きながら、そんな颯見くんの言葉を聞き逃さないように耳を傾けた。
「そういうことは、ちゃんと哀咲の気持ちが追いついてからって思ってたんだ」
斜め下に向けていた颯見くんの視線がゆっくりと前を向いて、私の視線とつながる。
「怖がらせたくないし、哀咲のこと大切にしたいから」
ドクンドクン、と鼓動はずっと胸の奥で主張を続けている。
「ほんとごめんな」
謝る颯見くんに思いきり首を振る。
違う。私は颯見くんとキスすることを期待していた。怖いなんて思わなかった。少し残念がっている自分さえいるぐらい。
「教室戻ろう」
颯見くんが困ったように笑って言って、階段を上り始めた。
