「お? 二人も保健室?」
下から、突き抜けるような明るい声と、タンタン、と軽快な足音が上がってきて、顔を上げると、同じクラスの吉田くん。
吉田くんは颯見くんと同じサッカー部らしく、とても仲が良いから、きっと吉田くんも颯見くんを訪ねて保健室に行っていたんだろう。
チラリと吉田くんが私を見て、ははぁん、と何かを納得したように頷く。
「颯見に用事? まさか修羅場か?」
ちょっと楽しそうに笑って私の肩を叩く吉田くん。その手を、倖子ちゃんが素早く払った。
「あのねぇ、雫がケイコ達に嫉妬してるとでも? 変な想像しないでくれる?」
「あ、そう?」
吉田くんは少し目を見開いて、倖子ちゃんの不機嫌な声に臆することなく「ふーん」と視線を私に向けた。
ふと出来た沈黙の時間。
幼げな瞳に、観察するように見られて、なんだか落ち着かなくなる。
見つめ返すわけにもいかず、斜め下に視線をずらした。
「けどさぁ」
数秒にも満たない沈黙の時間を、いつもより少しトーンダウンした吉田くんの声が、終わらせた。
「哀咲さん、颯見となんかあったんじゃねーの?」
予想外の言葉に、斜め下を見ていた視線をハッと上げた。
「は? 何それ?」
私の代わりに倖子ちゃんが不機嫌そうな声で訊く。
吉田くんはそんな倖子ちゃんに、フフンと鼻で笑い返した。
「俺は颯見のことなら何でも見抜けるんだぜ」
得意げに人差し指を立てて、その手を頭上に掲げる吉田くん。
隣から、はぁ、と倖子ちゃんの間抜けた声が聞こえた次の瞬間、吉田くんはその手を私に向け、指差した。
「今朝から颯見に素っ気ない哀咲さんに、颯見が戸惑っていることもな!」
まるで犯人を指差す名探偵のように迷いのない視線が向けられて、図星を突かれた心臓が大きく動いた。
――簡単にキスとかそういうことしたくねーから
昨日のその言葉を聞いてから、私は一人だけで盛り上がって勝手に妄想したり期待した自分が恥ずかしくなって、颯見くんの顔を上手く見られなかった。
そんな私の態度の変化に、颯見くんも気付いていたんだ。吉田くんが気付くぐらい、戸惑っていたんだ。
自分の勝手な気分で、颯見くんを振り回してしまってる。
「仕方ない、俺がアドバイスしてやろう」
指差していた手を私の肩にポンポンと乗せ、ニッと笑った吉田くん。
それをサッと払いのけた倖子ちゃんが、「結構」と冷たく返事した。
「雫行こ。バカには付き合ってらんない」
溜め息まじりに言って、私の手を引き吉田くんの隣を通り抜けようとする倖子ちゃん。
それを、吉田くんが通せんぼして立ちはだかった。
「ちょ、何? 吉田、邪魔なんだけど」
それを押し退けようとする倖子ちゃんの腕を、吉田くんがパッと掴んだ。
「な、は!? 離してよ」
「寺泉は行くな」
今までのおちゃらけた空気とは違う、キツい声色と真剣な表情に、へ、と思わず声を漏らしてしまった。
倖子ちゃんも腕を掴まれたまま固まっている。
「寺泉が行くと、哀咲さんの言いたいこと代弁しちゃうだろ」
吉田くんはそう言って、そっと掴んでいた手を離した。
倖子ちゃんは離された腕を宙に預けたまま、「え、あぁ……」と気の無い返事を返す。
吉田くんは、真剣な表情のまま、私に視線を移した。
「哀咲さん。颯見は朝から哀咲さんの態度を気にしてたよ」
その言葉に肩がピクリと揺れる。
「颯見は人の言葉を絶対蔑ろにしない。だから、態度じゃなくて言葉で伝えてやって」
いつもと違う空気をまとった吉田くんの言葉が、じわりと胸に沁みた。
ああ、そっか。本当だ。私の勝手な都合で颯見くんを悩ませてしまった。
自分だけ盛り上がってたことも、勝手に落胆したことも、恥ずかしくなったことも、颯見くんは何も知らないのに。
恥ずかしいからって急に態度を変えたら、不安にさせてしまうのは当たり前だ。
そんなことにも気付かなかったなんて。
「あぁ、それからずっと言おうと思ってたんだけど、哀咲さんはもう少し自信を持った方がいいと思うよ」
突然にそんなことを言われて、え、と声を漏らした。
吉田くんの真剣だった表情は、いつものおちゃらけた顔に戻る。
「哀咲さんよく見たら結構かわいいしさ!」
「はぁあ!?」
私の代わりに倖子ちゃんが声を荒げるのにもお構いなし。吉田くんはスッと顔を近づけた。
「颯見からも、キスすら簡単に出来ないってぐらい、大切にされてんだから」
耳元から響いた、私にしか聞こえない小さな声が、脳の奥を揺らした。
「……えっ?」
「おい吉田っ! 何してんだよ!」
吉田くんの言葉を理解する前に、颯見くんの怒号で思考が止まる。
「哀咲に変なちょっかい出すな」
駆け上ってきた颯見くんが、吉田くんの肩を掴んだ。
颯見くんは眉間に眉を寄せて怒っている。
「あ、あの、」
どうすればいいかわからず声を出すけど、何と言えばいいのかわからない。
吉田くんは、はははー、と笑いながら、パシッと倖子ちゃんの腕を掴んだ。
「は? なに!?」
戸惑う倖子ちゃんを気にもせず、吉田くんはその腕を引いて階段を上る。
「颯見、心配すんなって。俺に略奪愛の趣味はない! それに寺泉の方がタイプだしな!」
「え、はぁ!? キモいんだけど!」
不愉快そうな倖子ちゃんに睨まれながら、吉田くんはヘラヘラと笑って手を振る。
「んじゃ頑張ってなー、哀咲さん!」
そう言って無理やり倖子ちゃんの手を引き階段を上っていく吉田くん。
倖子ちゃんは「教室で待ってるから!」と叫びながら、連れていかれてしまった。
下から、突き抜けるような明るい声と、タンタン、と軽快な足音が上がってきて、顔を上げると、同じクラスの吉田くん。
吉田くんは颯見くんと同じサッカー部らしく、とても仲が良いから、きっと吉田くんも颯見くんを訪ねて保健室に行っていたんだろう。
チラリと吉田くんが私を見て、ははぁん、と何かを納得したように頷く。
「颯見に用事? まさか修羅場か?」
ちょっと楽しそうに笑って私の肩を叩く吉田くん。その手を、倖子ちゃんが素早く払った。
「あのねぇ、雫がケイコ達に嫉妬してるとでも? 変な想像しないでくれる?」
「あ、そう?」
吉田くんは少し目を見開いて、倖子ちゃんの不機嫌な声に臆することなく「ふーん」と視線を私に向けた。
ふと出来た沈黙の時間。
幼げな瞳に、観察するように見られて、なんだか落ち着かなくなる。
見つめ返すわけにもいかず、斜め下に視線をずらした。
「けどさぁ」
数秒にも満たない沈黙の時間を、いつもより少しトーンダウンした吉田くんの声が、終わらせた。
「哀咲さん、颯見となんかあったんじゃねーの?」
予想外の言葉に、斜め下を見ていた視線をハッと上げた。
「は? 何それ?」
私の代わりに倖子ちゃんが不機嫌そうな声で訊く。
吉田くんはそんな倖子ちゃんに、フフンと鼻で笑い返した。
「俺は颯見のことなら何でも見抜けるんだぜ」
得意げに人差し指を立てて、その手を頭上に掲げる吉田くん。
隣から、はぁ、と倖子ちゃんの間抜けた声が聞こえた次の瞬間、吉田くんはその手を私に向け、指差した。
「今朝から颯見に素っ気ない哀咲さんに、颯見が戸惑っていることもな!」
まるで犯人を指差す名探偵のように迷いのない視線が向けられて、図星を突かれた心臓が大きく動いた。
――簡単にキスとかそういうことしたくねーから
昨日のその言葉を聞いてから、私は一人だけで盛り上がって勝手に妄想したり期待した自分が恥ずかしくなって、颯見くんの顔を上手く見られなかった。
そんな私の態度の変化に、颯見くんも気付いていたんだ。吉田くんが気付くぐらい、戸惑っていたんだ。
自分の勝手な気分で、颯見くんを振り回してしまってる。
「仕方ない、俺がアドバイスしてやろう」
指差していた手を私の肩にポンポンと乗せ、ニッと笑った吉田くん。
それをサッと払いのけた倖子ちゃんが、「結構」と冷たく返事した。
「雫行こ。バカには付き合ってらんない」
溜め息まじりに言って、私の手を引き吉田くんの隣を通り抜けようとする倖子ちゃん。
それを、吉田くんが通せんぼして立ちはだかった。
「ちょ、何? 吉田、邪魔なんだけど」
それを押し退けようとする倖子ちゃんの腕を、吉田くんがパッと掴んだ。
「な、は!? 離してよ」
「寺泉は行くな」
今までのおちゃらけた空気とは違う、キツい声色と真剣な表情に、へ、と思わず声を漏らしてしまった。
倖子ちゃんも腕を掴まれたまま固まっている。
「寺泉が行くと、哀咲さんの言いたいこと代弁しちゃうだろ」
吉田くんはそう言って、そっと掴んでいた手を離した。
倖子ちゃんは離された腕を宙に預けたまま、「え、あぁ……」と気の無い返事を返す。
吉田くんは、真剣な表情のまま、私に視線を移した。
「哀咲さん。颯見は朝から哀咲さんの態度を気にしてたよ」
その言葉に肩がピクリと揺れる。
「颯見は人の言葉を絶対蔑ろにしない。だから、態度じゃなくて言葉で伝えてやって」
いつもと違う空気をまとった吉田くんの言葉が、じわりと胸に沁みた。
ああ、そっか。本当だ。私の勝手な都合で颯見くんを悩ませてしまった。
自分だけ盛り上がってたことも、勝手に落胆したことも、恥ずかしくなったことも、颯見くんは何も知らないのに。
恥ずかしいからって急に態度を変えたら、不安にさせてしまうのは当たり前だ。
そんなことにも気付かなかったなんて。
「あぁ、それからずっと言おうと思ってたんだけど、哀咲さんはもう少し自信を持った方がいいと思うよ」
突然にそんなことを言われて、え、と声を漏らした。
吉田くんの真剣だった表情は、いつものおちゃらけた顔に戻る。
「哀咲さんよく見たら結構かわいいしさ!」
「はぁあ!?」
私の代わりに倖子ちゃんが声を荒げるのにもお構いなし。吉田くんはスッと顔を近づけた。
「颯見からも、キスすら簡単に出来ないってぐらい、大切にされてんだから」
耳元から響いた、私にしか聞こえない小さな声が、脳の奥を揺らした。
「……えっ?」
「おい吉田っ! 何してんだよ!」
吉田くんの言葉を理解する前に、颯見くんの怒号で思考が止まる。
「哀咲に変なちょっかい出すな」
駆け上ってきた颯見くんが、吉田くんの肩を掴んだ。
颯見くんは眉間に眉を寄せて怒っている。
「あ、あの、」
どうすればいいかわからず声を出すけど、何と言えばいいのかわからない。
吉田くんは、はははー、と笑いながら、パシッと倖子ちゃんの腕を掴んだ。
「は? なに!?」
戸惑う倖子ちゃんを気にもせず、吉田くんはその腕を引いて階段を上る。
「颯見、心配すんなって。俺に略奪愛の趣味はない! それに寺泉の方がタイプだしな!」
「え、はぁ!? キモいんだけど!」
不愉快そうな倖子ちゃんに睨まれながら、吉田くんはヘラヘラと笑って手を振る。
「んじゃ頑張ってなー、哀咲さん!」
そう言って無理やり倖子ちゃんの手を引き階段を上っていく吉田くん。
倖子ちゃんは「教室で待ってるから!」と叫びながら、連れていかれてしまった。
