番外編1 優しい負けず嫌い


 ミーンミーンと蝉の声に混ざって、グラウンドを走り回る威勢の良い声が、窓の外から小さく聞こえる。

 夏休みももうすぐ中盤の八月。
 颯見くんと付き合って三週間が経った。

 誰もいない教材室の、窓際の机に座って、夏休みの課題を解きながら。たまに、窓から外に目をやって、青空の下、グラウンドでサッカーする颯見くんを探す。
 こうして颯見くんが部活を終えるのを待って、一緒に帰るのが習慣になっていた。

 学校のある日なら、この教材室は科学研究部の部室で、吉澄さん達がちょうど私の斜め前あたりに座って緩いお喋りをしている。
 登下校も、今までは吉澄さん達といたけれど、もう安全だと確認できたみたいで、その習慣も無くなった。

 みんながいない教材室は、少しだけ寂しい。

 本当は自分の教室で待ちたかったけど、教室ではテストの点が良くなかった人達の為の補習授業が行われていて、入れない。
 図書室に行こうかとも思ったけれど、図書室からはグラウンドが見えないから、ここにした。

 チラリと窓の外を眺めると、すぐに目に映った颯見くんのユニフォーム姿。

 トクン、と心臓が高鳴った。

 ボールを蹴りながら走る真剣な顔。パスを回して誰かがシュートして、走りながらハイタッチ。
 楽しそうに笑う顔も、腕で汗を拭う仕草も。目が、離せない。

 こうやって見ていると、片想いの時と何も変わらなくて、あの颯見くんが私の彼氏だなんて、ただの妄想なんじゃないかと思えてくる。

 颯見くんは、私がこんな風に教材室から颯見くんの姿を眺めてること、胸を高鳴らせていること、知らないんだろうなぁ。

 熱い息を吐いて、張り付いていた視線を無理やり課題に戻した。

 机の上に広げた数学の問題集は、課題に出された範囲がもうすぐ終わる。
 だけど、颯見くんで満たされた頭は、なかなか問題に集中してくれない。

 ノートの上でシャーペンを握ったまま、時計の秒針の音を聞く。
 少しだけ開いている窓から爽やかな風が吹いて、蒸し暑い空気を拭い去った。

 ――あ! 起きたんだ!
 ――俺、一年の数少なき男子保健委員だからさ、連れてきたんだけど、
 ――あー、まじで、目さめてよかったぁ……

 去年の九月。春風が、吹いたと思った。優しくて、暖かくて、少し、胸の奥が疼くような、そんな。
 そのまま大きく膨らんで強くなった気持ちが、颯見くんにも通じて、颯見くんも同じ気持ちを持ってくれた。
 本当にこれは現実なのかなって思うぐらい、奇跡みたいなこと。

 大切にしたい。颯見くんのこと。