「颯見いたか?」



視線だけこちらに向ける真内くんに、首を振って答えた。



「……悪かったな」



突然言われた言葉の意味が理解できなくて、真内くんの表情を読み取ろうとするけど、いつもの無表情。



悪かったのは、私の方。



背中を押してくれたのに、結局何もできなかった。



しばらくの沈黙が流れた後、真内くんが壁に預けていた背中をグッと壁から離した。



「颯見の家、行くか」



突然の発言に、え、と声が漏れる。



歩き出そうとする真内くんの制服の裾を咄嗟に掴んだ。



立ち止まって振り返った真内くんにハッとして、慌てて裾を放す。



また、しばらくの沈黙。



真内くんは、まだ諦めずに渡しに行かせようとしてくれているのに。



一度しぼんでしまった何かが息を吹き返すのは難しい。



もう私には、颯見くんの家に行くほどのそれは残っていなかった。



そっと、鞄に手をかけチャックを開ける。


中の赤い箱を取り出して、それを真内くんの前に突き出した。



颯見くんのために作ったトリュフ。


颯見くんに渡したかったトリュフ。



だけど。


こんなに私に勇気をくれようとした真内くんに、貰ってほしい。



颯見くんに対する私の想いを、大切に思ってくれた真内くんに。貰ってほしい。



真内くんは表情を変えないまま暫くその箱を見つめて、ゆっくりそれを受け取ってくれた。



「いいのか? これで」



私が頷くと、真内くんは無表情のまま帰り道を歩き出した。



帰り道もやっぱり無言で、だけど私に歩調を合わせてくれている。



今日の一度目の帰り道とは、全然違う。



颯見くんにトリュフは渡せなかったけど、心は少し軽くなっていた。