~おまけ(鈴葉side)~
時はさかのぼる。
高二の一学期の終業式前日。放課後の部活中、事件が起こった。
いつもはボールのコントロールに狂いがないと評判の嵐が、グラウンド前の階段にボールを飛ばしてしまった。
その近くに人がいたみたいで。慌てて謝りにいった嵐がなかなか戻って来ないから、心配になって駆けつける。
そうして見えてきたのは、嵐と何か話をしている雫ちゃんと真内くんだった。
「……俺が、もらう」
そんな真内くんの低い声が聞こえた後、嵐が雫ちゃんの腕を引いたのが見えた。
はっと、胸の奥の何かが揺れる。
嵐の――顔。悲痛に眉を寄せて、真内くんを鋭く睨みつけている。こんな顔、知らない――。
立ち止まりそうになった足を無理やり動かして、嵐達の前まで来た。
わかりやすいぐらいピリピリした空気。咄嗟に、わざと明るく振舞ってみる。
「あ、雫ちゃんと真内くんだったんだ! ボール当たらなかった? 大丈夫?」
雫ちゃんの肩がピクリと揺れたのを見て、そういえば、と思い出した。
雫ちゃんと真内くんが同じ部活なのは知っているけど、どうしてこんな所に二人でいるんだろう。
雫ちゃんは真内くんのことが好きだけど、真内くんは、たぶん、雫ちゃんのこと何とも思っていない。
『変な誤解でくっつけようとされても迷惑』
そう言われたことを思い出す。
きっと、雫ちゃんも真内くんの気持ちには気付いてる。雫ちゃんと二人で話した時の、雫ちゃんの苦しそうな顔を思い出して心臓がチクリと痛んだ。
それなのに、さっきの、真内くんの言葉は何?
俺がもらう?
真内くんは何を考えてるの?
「ていうか、雫ちゃんと真内くん二人だけ? 他の部員は?」
思わず口から出ていた声は、自分でも驚くぐらい不機嫌さをあらわにしていた。
「二人で話したかったから」
返ってきた真内くんの言葉にますます不信感が募る。
雫ちゃんからの好意を知って、弄ぼうとしてる、よね?
「真内くん、ちょっと話があるから来て」
絶対、そんなこと許さない。雫ちゃんをこれ以上傷つけるようなこと、させない。
雫ちゃんには、嵐がいるんだから――。
そうして私は、真内くんを体育館倉庫裏に連れていった。
放課後の体育館倉庫裏は、人が全くと言っていいほど通らない。
少し距離をあけて、向かい合って立つ私と真内くん。側から見たら、告白現場とも思われそうな構図。
だけど、成される会話は全く真逆の雰囲気を纏ったものだった。
「雫ちゃんの気持ち弄ぶようなことしないで。二人で話したいって何なの。雫ちゃんのこと何とも思ってないのに振り回さないで」
会話というよりは、私が一方的に追い詰めている。真内くんは、ただ、そんな私を黙って見つめるだけ。
「さっきの、俺がもらう、とか何とか言ってたのはどういう意味? 雫ちゃんのこと好きじゃないなら、もうちょっかい出さないであげてほしいんだけど……」
どうして、何も言わないんだろう。私は真剣に話しているのに、これじゃあ受け流されているだけみたい。
「あの……何か言ってほしい」
そう言うと、真内くんは少しだけ息を吐いた。
「真内くん?」
「あんた、勘違いしてる」
ポツリ、と低い声が静かな体育館倉庫裏に響いた。
「え?」
聞き直すと、また「勘違い」と単語が返ってきた。
勘違い? いったい私は、何を勘違いしているんだろう。
真内くんは雫ちゃんを振り回そうとしてるわけじゃない、って言いたいの?
変化のない真内くんの表情の奥が読めなくて、顔を見つめる。
「えっと?」
私が理解していないのを察したのか、真内くんはもう一度、長めに息を吐いた。
「そんな大切な友達。気付かないのか?」
静かな体育館倉庫裏に、真内くんの低い声が反響した。
なんだかわからないけれど、真内くんのその声からは、でまかせを言ってるようには思えない。
「アイツは、哀咲は、」
落とされるように呟かれる一言一言が、脳を揺れ動かす。
「颯見のことが、好きだって」
「……、え?」
まるで時間差みたいに真内くんの言葉が耳から神経を伝って脳にたどり着いた。
あ、れ? 嵐? どうして? 雫ちゃんは、真内くんのことが好きなんだよね?
雫ちゃんは真内くんにバレンタインのチョコ渡してた。私は、ちゃんと見た。真内くんこそ、何か勘違いしてるんじゃないの?
だって、それだったら雫ちゃんは――。
雫ちゃんと二人で話した時の、雫ちゃんの切なく苦しそうな顔。見てる私の方が心臓を引きちぎられそうになるぐらい、切なくて、苦しくて、辛い、雫ちゃんの失恋した顔。私は覚えてる。
「そんなわけは、ないはず。だって、」
「あの二人、何かが拗れてる」
そう言った真内くんは、どこか遠くの方を見つめている。
拗れてるってどういうこと?
それじゃあ真内くんは、雫ちゃんと嵐の仲をどうにかしようとして、あの場にいたの?
だけど、じゃあ。バレンタインのあれは何だったんだろう。
「やっぱり私は、真内くんが勘違いしてるように思うけど」
そう言うと、真内くんは遠くを見ていた視線を私に向けた。
切れ長の、射抜くような目。少し緊張が走る。
「あんたは、哀咲が、」
ポツリ、ポツリ、と低い声が落ちる。
「俺を好きなように見えるか?」
そう言った真内くんの目が、少しだけ切なく細められた気がして、ハッと息を呑んだ。
ザワザワと、木の葉が風で擦れる音が反響する。
言われた言葉が、頭の中を何周も何周も駆け巡っていく。
もしかして。私は。本当に。大変な勘違いをしていたのかもしれない。
「全部、勘違いだ」
わかったか、とでも言いたげに、そう呟いた真内くんの目からは、もう切なさがしまい込まれてしまった。
さっき見た切なさの意味が、きゅっと胸の奥を詰まらせる。
私は打ち明けることを選択したけれど、真内くんは隠し通すことを選択した。
そういうこと。だよね。
「全部っていうのは……真内くんが雫ちゃんのこと好きじゃないっていうのも、勘違いってこと……」
隠して、しまい込もうとしている本人に、こんなことを言うのはよくないのかもしれない。
「私は、打ち明けたらスッキリしたよ」
そう言うと、真内くんの切れ長の目が一瞬揺らいだ気がした。
だけど、すぐ表情の読めない顔に戻る。
「何のこと言ってんのか、わかんねー」
どうやら隠し通す意思は揺るがないみたい。
真内くんは体を方向転換させて、もと来た方へ去っていく。
その横顔が、少しだけ、切なく、だけど穏やかに、見えた気がした。
~おまけ(鈴葉side)end~
時はさかのぼる。
高二の一学期の終業式前日。放課後の部活中、事件が起こった。
いつもはボールのコントロールに狂いがないと評判の嵐が、グラウンド前の階段にボールを飛ばしてしまった。
その近くに人がいたみたいで。慌てて謝りにいった嵐がなかなか戻って来ないから、心配になって駆けつける。
そうして見えてきたのは、嵐と何か話をしている雫ちゃんと真内くんだった。
「……俺が、もらう」
そんな真内くんの低い声が聞こえた後、嵐が雫ちゃんの腕を引いたのが見えた。
はっと、胸の奥の何かが揺れる。
嵐の――顔。悲痛に眉を寄せて、真内くんを鋭く睨みつけている。こんな顔、知らない――。
立ち止まりそうになった足を無理やり動かして、嵐達の前まで来た。
わかりやすいぐらいピリピリした空気。咄嗟に、わざと明るく振舞ってみる。
「あ、雫ちゃんと真内くんだったんだ! ボール当たらなかった? 大丈夫?」
雫ちゃんの肩がピクリと揺れたのを見て、そういえば、と思い出した。
雫ちゃんと真内くんが同じ部活なのは知っているけど、どうしてこんな所に二人でいるんだろう。
雫ちゃんは真内くんのことが好きだけど、真内くんは、たぶん、雫ちゃんのこと何とも思っていない。
『変な誤解でくっつけようとされても迷惑』
そう言われたことを思い出す。
きっと、雫ちゃんも真内くんの気持ちには気付いてる。雫ちゃんと二人で話した時の、雫ちゃんの苦しそうな顔を思い出して心臓がチクリと痛んだ。
それなのに、さっきの、真内くんの言葉は何?
俺がもらう?
真内くんは何を考えてるの?
「ていうか、雫ちゃんと真内くん二人だけ? 他の部員は?」
思わず口から出ていた声は、自分でも驚くぐらい不機嫌さをあらわにしていた。
「二人で話したかったから」
返ってきた真内くんの言葉にますます不信感が募る。
雫ちゃんからの好意を知って、弄ぼうとしてる、よね?
「真内くん、ちょっと話があるから来て」
絶対、そんなこと許さない。雫ちゃんをこれ以上傷つけるようなこと、させない。
雫ちゃんには、嵐がいるんだから――。
そうして私は、真内くんを体育館倉庫裏に連れていった。
放課後の体育館倉庫裏は、人が全くと言っていいほど通らない。
少し距離をあけて、向かい合って立つ私と真内くん。側から見たら、告白現場とも思われそうな構図。
だけど、成される会話は全く真逆の雰囲気を纏ったものだった。
「雫ちゃんの気持ち弄ぶようなことしないで。二人で話したいって何なの。雫ちゃんのこと何とも思ってないのに振り回さないで」
会話というよりは、私が一方的に追い詰めている。真内くんは、ただ、そんな私を黙って見つめるだけ。
「さっきの、俺がもらう、とか何とか言ってたのはどういう意味? 雫ちゃんのこと好きじゃないなら、もうちょっかい出さないであげてほしいんだけど……」
どうして、何も言わないんだろう。私は真剣に話しているのに、これじゃあ受け流されているだけみたい。
「あの……何か言ってほしい」
そう言うと、真内くんは少しだけ息を吐いた。
「真内くん?」
「あんた、勘違いしてる」
ポツリ、と低い声が静かな体育館倉庫裏に響いた。
「え?」
聞き直すと、また「勘違い」と単語が返ってきた。
勘違い? いったい私は、何を勘違いしているんだろう。
真内くんは雫ちゃんを振り回そうとしてるわけじゃない、って言いたいの?
変化のない真内くんの表情の奥が読めなくて、顔を見つめる。
「えっと?」
私が理解していないのを察したのか、真内くんはもう一度、長めに息を吐いた。
「そんな大切な友達。気付かないのか?」
静かな体育館倉庫裏に、真内くんの低い声が反響した。
なんだかわからないけれど、真内くんのその声からは、でまかせを言ってるようには思えない。
「アイツは、哀咲は、」
落とされるように呟かれる一言一言が、脳を揺れ動かす。
「颯見のことが、好きだって」
「……、え?」
まるで時間差みたいに真内くんの言葉が耳から神経を伝って脳にたどり着いた。
あ、れ? 嵐? どうして? 雫ちゃんは、真内くんのことが好きなんだよね?
雫ちゃんは真内くんにバレンタインのチョコ渡してた。私は、ちゃんと見た。真内くんこそ、何か勘違いしてるんじゃないの?
だって、それだったら雫ちゃんは――。
雫ちゃんと二人で話した時の、雫ちゃんの切なく苦しそうな顔。見てる私の方が心臓を引きちぎられそうになるぐらい、切なくて、苦しくて、辛い、雫ちゃんの失恋した顔。私は覚えてる。
「そんなわけは、ないはず。だって、」
「あの二人、何かが拗れてる」
そう言った真内くんは、どこか遠くの方を見つめている。
拗れてるってどういうこと?
それじゃあ真内くんは、雫ちゃんと嵐の仲をどうにかしようとして、あの場にいたの?
だけど、じゃあ。バレンタインのあれは何だったんだろう。
「やっぱり私は、真内くんが勘違いしてるように思うけど」
そう言うと、真内くんは遠くを見ていた視線を私に向けた。
切れ長の、射抜くような目。少し緊張が走る。
「あんたは、哀咲が、」
ポツリ、ポツリ、と低い声が落ちる。
「俺を好きなように見えるか?」
そう言った真内くんの目が、少しだけ切なく細められた気がして、ハッと息を呑んだ。
ザワザワと、木の葉が風で擦れる音が反響する。
言われた言葉が、頭の中を何周も何周も駆け巡っていく。
もしかして。私は。本当に。大変な勘違いをしていたのかもしれない。
「全部、勘違いだ」
わかったか、とでも言いたげに、そう呟いた真内くんの目からは、もう切なさがしまい込まれてしまった。
さっき見た切なさの意味が、きゅっと胸の奥を詰まらせる。
私は打ち明けることを選択したけれど、真内くんは隠し通すことを選択した。
そういうこと。だよね。
「全部っていうのは……真内くんが雫ちゃんのこと好きじゃないっていうのも、勘違いってこと……」
隠して、しまい込もうとしている本人に、こんなことを言うのはよくないのかもしれない。
「私は、打ち明けたらスッキリしたよ」
そう言うと、真内くんの切れ長の目が一瞬揺らいだ気がした。
だけど、すぐ表情の読めない顔に戻る。
「何のこと言ってんのか、わかんねー」
どうやら隠し通す意思は揺るがないみたい。
真内くんは体を方向転換させて、もと来た方へ去っていく。
その横顔が、少しだけ、切なく、だけど穏やかに、見えた気がした。
~おまけ(鈴葉side)end~
