第20章 花火
ザザーン、と波が砂浜を打ち付ける音。
真っ暗な砂浜が、バチバチと青白く噴射する炎に照らされている。
「見て見て、この花火オレンジだよ!」
「わー綺麗!」
「あ、あたしの花火終わったー。種火ちょーだい」
「次、線香花火にしようかな」
クラスの女子全員で輪になって座る、穏やかな時間。
こういう輪の中にいると、私もクラスの一員なんだなぁって嬉しく思う。
「ねー見て。男子達バカやってるー」
「ほんとだ、やっぱ男子って馬鹿だよねー」
誰かがそんなことを言って、少し離れた場所ではしゃいでる男子達の塊を振り返った。
「見ろよ俺の華麗な二刀流!」
「甘いな、俺は回転花火だ」
「おい危ないって火向けんなよ」
輪になって座る女子達とは違って、みんな走り回ったり飛び跳ねたりしてはしゃいでる。
その中心に、颯見くんがいて。やっぱりどうしても、颯見くんに目がいってしまう。
「ねーねー、コイバナしようよ」
不意に誰かがそんなことを言ったから、颯見くんを見ていた視線を慌てて戻した。
「いいね、しよしよ!」
そんな言葉で、少しだけみんなが浮き立った。
「あたし前から思ってたんだけど、ケイコって枡屋のこと好きでしょ」
「え、何、なんで! わかるの!?」
きゃー、なんて言いながら話が進む。
こういうの、なんだかいいな。
夏でも午後八時はもう真っ暗で、日中の照りつけるような太陽もなくて、少し生暖かい風の吹く、気持ちのいい砂浜。
いつもと違う場所。静かなのに、浮き立つような騒つく空気。噴射する花火の光で、少しだけ、みんなの顔が赤く見える。
男子達は知らない秘密を、女子全員で共有し合うみたいで、なんだかドキドキする。
「いいじゃんいいじゃん、告っちゃいなよ」
「え、どうしよ。いけるかなぁ」
コイバナってこんな感じなんだなぁ。
中学の修学旅行でも、同じ部屋の女子達が夜にお菓子を食べながらそんな話をしていたけれど、私はその輪に入ることはなくて、布団の中で目を閉じながら聞いていた。
あの時とは全然違う。
「ねーねー、哀咲さんって真内くんと付き合ってんの?」
「え、」
いきなり話題が不思議な方向に飛んで、驚いて思わず声が出た。
問いかけてきたのは、大西さん。
「え、大西、それどーゆーこと?」
さっきまで「早く枡屋に告りなよー」とかケイコちゃんに詰め寄ってた佐々木さんが、今度は大西さんと私に視線を向けた。
「クラス会でカラオケ行ったじゃん? あの時、哀咲さん、真内くんと一緒に待ち合わせ場所まで来てたんだよ」
大西さんの代わりに、今度は笹野さんが答えた。
「えーマジで!?」
そういえばそうだったなぁと思い返す。
私の体に異変があった時のために、科学研究部の人達がいつも一緒にいてくれているから。ただそれだけのことなんだけど。
「真内くんと付き合ってるから颯見のことフったんだー!」
誰かが納得したように言った。
颯見くんを振った?
違う。そんなこと有り得ない。今すごい誤解が生まれている。
慌てて思い切り首を振ると、「照れてんのー?」と言葉が返ってきた。
そんな誤解、真内くんにも颯見くんにも迷惑をかけてしまう。私は颯見くんが好き。真内くんとは付き合ってない。
「違うってば。雫は……」
倖子ちゃんが言いかけて、言葉の続きを止めた。私が好きなのは颯見くんだってことを伝えようとしてくれたんだと思う。だけど、きっと倖子ちゃんは、勝手にその先を言わない。
私は、また自分で何も言わないまま、倖子ちゃんに助けてもらっている。それじゃあダメだ。ちゃんと、自分の口で、言わなきゃ。
ドクドクと動悸が激しくなる。息があがってきて、苦しくなる。でも、ちゃんと言わないと。
勝手に小刻みに震える手を、激しく動く心臓に当てて、ゆっくりと息を吸った。
「真内、くん、とは、」
自分の言葉が出た瞬間に、花火を持つ手も、胸を押さえる手も、震えが止まらなくなった。
だけど、もう一度深呼吸をして、手に力を込める。
「付き合って、ない」
もうとっくに役目を終えた花火が、手と一緒に震えている。
鼓動の音が耳をつんざいて、浅い息を無理やり吸った。
「颯見くん、が、好きっ、だから」
出した声は、少しだけざわついた空気に響いて溶けた。
ザザーン、とまた波の音が風を誘う。
パチパチと、誰かの線香花火が音を立てて光って落ちた。
まだ、体が震えてる。
「あ、」
誰かが声を漏らしたのと同時に、ズザ、と背後で砂を踏む音がした。
「哀咲」
落ちてきた声。
トクンと一回大きく揺れて、体の震えが溶かされていく。
ゆっくり振り返って上を向くと、颯見くんの真っ直ぐな視線と繋がった。
「二人で話したい」
言われて、またトクンと心臓が揺れる。
ひゃー、とか、きゃー、とか小さく周りが騒いでる。
頷いて立ち上がると、暗くて見えにくかった颯見くんの顔が少し笑ったのが見えて、また心臓が高鳴った。
「ついてきて」
そう言って歩き出した颯見くんの、数歩後ろをついていく。
「やだキュンキュンする」
「いってらっしゃーい」
そんな声を背中に受けながら、どんどんと人混みから外れていく。
数歩先を歩く颯見くんの背中が、なんだか恥ずかしくて見れない。
今、颯見くんは何を考えているんだろう。
保健室で言われた言葉。期待しても、いいのかな。
少し火照った体が、波風に吹かれて気持ちいい。
「颯見ー頑張れよー!」
「ファイトだ颯見ー!」
「うっせーよ!」
ときどき男子に飛ばされる野次と、それに応対する颯見くんの声。
その後に女子が男子を怒る声が遠くから聞こえる。
ズザ、ズザ、と暗い砂浜に足をとられながら、前へ進む。
だんだんと、波の音ばかりが聞こえるようになって、クラスメート達の楽しそうな声はだいぶ小さくなった。
ザザーン、と波が砂浜を打ち付ける音。
真っ暗な砂浜が、バチバチと青白く噴射する炎に照らされている。
「見て見て、この花火オレンジだよ!」
「わー綺麗!」
「あ、あたしの花火終わったー。種火ちょーだい」
「次、線香花火にしようかな」
クラスの女子全員で輪になって座る、穏やかな時間。
こういう輪の中にいると、私もクラスの一員なんだなぁって嬉しく思う。
「ねー見て。男子達バカやってるー」
「ほんとだ、やっぱ男子って馬鹿だよねー」
誰かがそんなことを言って、少し離れた場所ではしゃいでる男子達の塊を振り返った。
「見ろよ俺の華麗な二刀流!」
「甘いな、俺は回転花火だ」
「おい危ないって火向けんなよ」
輪になって座る女子達とは違って、みんな走り回ったり飛び跳ねたりしてはしゃいでる。
その中心に、颯見くんがいて。やっぱりどうしても、颯見くんに目がいってしまう。
「ねーねー、コイバナしようよ」
不意に誰かがそんなことを言ったから、颯見くんを見ていた視線を慌てて戻した。
「いいね、しよしよ!」
そんな言葉で、少しだけみんなが浮き立った。
「あたし前から思ってたんだけど、ケイコって枡屋のこと好きでしょ」
「え、何、なんで! わかるの!?」
きゃー、なんて言いながら話が進む。
こういうの、なんだかいいな。
夏でも午後八時はもう真っ暗で、日中の照りつけるような太陽もなくて、少し生暖かい風の吹く、気持ちのいい砂浜。
いつもと違う場所。静かなのに、浮き立つような騒つく空気。噴射する花火の光で、少しだけ、みんなの顔が赤く見える。
男子達は知らない秘密を、女子全員で共有し合うみたいで、なんだかドキドキする。
「いいじゃんいいじゃん、告っちゃいなよ」
「え、どうしよ。いけるかなぁ」
コイバナってこんな感じなんだなぁ。
中学の修学旅行でも、同じ部屋の女子達が夜にお菓子を食べながらそんな話をしていたけれど、私はその輪に入ることはなくて、布団の中で目を閉じながら聞いていた。
あの時とは全然違う。
「ねーねー、哀咲さんって真内くんと付き合ってんの?」
「え、」
いきなり話題が不思議な方向に飛んで、驚いて思わず声が出た。
問いかけてきたのは、大西さん。
「え、大西、それどーゆーこと?」
さっきまで「早く枡屋に告りなよー」とかケイコちゃんに詰め寄ってた佐々木さんが、今度は大西さんと私に視線を向けた。
「クラス会でカラオケ行ったじゃん? あの時、哀咲さん、真内くんと一緒に待ち合わせ場所まで来てたんだよ」
大西さんの代わりに、今度は笹野さんが答えた。
「えーマジで!?」
そういえばそうだったなぁと思い返す。
私の体に異変があった時のために、科学研究部の人達がいつも一緒にいてくれているから。ただそれだけのことなんだけど。
「真内くんと付き合ってるから颯見のことフったんだー!」
誰かが納得したように言った。
颯見くんを振った?
違う。そんなこと有り得ない。今すごい誤解が生まれている。
慌てて思い切り首を振ると、「照れてんのー?」と言葉が返ってきた。
そんな誤解、真内くんにも颯見くんにも迷惑をかけてしまう。私は颯見くんが好き。真内くんとは付き合ってない。
「違うってば。雫は……」
倖子ちゃんが言いかけて、言葉の続きを止めた。私が好きなのは颯見くんだってことを伝えようとしてくれたんだと思う。だけど、きっと倖子ちゃんは、勝手にその先を言わない。
私は、また自分で何も言わないまま、倖子ちゃんに助けてもらっている。それじゃあダメだ。ちゃんと、自分の口で、言わなきゃ。
ドクドクと動悸が激しくなる。息があがってきて、苦しくなる。でも、ちゃんと言わないと。
勝手に小刻みに震える手を、激しく動く心臓に当てて、ゆっくりと息を吸った。
「真内、くん、とは、」
自分の言葉が出た瞬間に、花火を持つ手も、胸を押さえる手も、震えが止まらなくなった。
だけど、もう一度深呼吸をして、手に力を込める。
「付き合って、ない」
もうとっくに役目を終えた花火が、手と一緒に震えている。
鼓動の音が耳をつんざいて、浅い息を無理やり吸った。
「颯見くん、が、好きっ、だから」
出した声は、少しだけざわついた空気に響いて溶けた。
ザザーン、とまた波の音が風を誘う。
パチパチと、誰かの線香花火が音を立てて光って落ちた。
まだ、体が震えてる。
「あ、」
誰かが声を漏らしたのと同時に、ズザ、と背後で砂を踏む音がした。
「哀咲」
落ちてきた声。
トクンと一回大きく揺れて、体の震えが溶かされていく。
ゆっくり振り返って上を向くと、颯見くんの真っ直ぐな視線と繋がった。
「二人で話したい」
言われて、またトクンと心臓が揺れる。
ひゃー、とか、きゃー、とか小さく周りが騒いでる。
頷いて立ち上がると、暗くて見えにくかった颯見くんの顔が少し笑ったのが見えて、また心臓が高鳴った。
「ついてきて」
そう言って歩き出した颯見くんの、数歩後ろをついていく。
「やだキュンキュンする」
「いってらっしゃーい」
そんな声を背中に受けながら、どんどんと人混みから外れていく。
数歩先を歩く颯見くんの背中が、なんだか恥ずかしくて見れない。
今、颯見くんは何を考えているんだろう。
保健室で言われた言葉。期待しても、いいのかな。
少し火照った体が、波風に吹かれて気持ちいい。
「颯見ー頑張れよー!」
「ファイトだ颯見ー!」
「うっせーよ!」
ときどき男子に飛ばされる野次と、それに応対する颯見くんの声。
その後に女子が男子を怒る声が遠くから聞こえる。
ズザ、ズザ、と暗い砂浜に足をとられながら、前へ進む。
だんだんと、波の音ばかりが聞こえるようになって、クラスメート達の楽しそうな声はだいぶ小さくなった。
