◆◇◆◇
目を覚ますと、見慣れた白いタイル張りの天井が視界に映る。
ああ……また、やってしまったんだ。倒れる前にと思っていたのに、結局また誰かに迷惑をかけてここまで運ばせてしまったのかな。
そこまで考えて、倒れる直前のことを思い出した。
颯見くんにも、迷惑をかけてしまった。いくら保健委員だとは言え、あんな風に助けを求められて目の前で倒れられたら、きっと大変だっただろうな。後でちゃんと謝らないと。
そう思って、ゆっくりと体を起こしてベッドの端に座る。ベッドを囲むクリーム色のカーテンの端を、そっと掴んだ。
これを開けたら、そこにいるのは保健の先生かな。それとも――。
思いかけて首を振る。
何を期待しているんだろう。厚かましいにもほどがある。
浮かんだ颯見くんの顔に胸が高鳴るのを、ぐっと抑えた。
きっと居るのは保健の先生。先生に、ちゃんとお礼と謝罪を言わないと。
カーテンを掴む手が少し震える。
少しだけそれを横に動かすと、カーテンの向こうから、ギコ、と先生の椅子の音が聞こえた。
「起きた?」
ドクン、と大きく心臓が跳ねる。
足音が聞こえて、少しだけ開いたカーテンの隙間から、制服の白シャツがのぞいた。
「開けるよ」
掴んでいたカーテンが、シャーっと音を立てて横に動いた。
視界に映る、保健室の景色と、目の前の男子の制服。
心臓が、速いペースで脈を刻み出す。
顔を上げると、クシャッと笑った颯見くんと目が合った。
「よかった!」
胸の奥がカッと熱くなって、これでもかというぐらい心臓が騒ぎ出す。
本当に、颯見くんがいた。倒れた後、ずっと一緒にいてくれたのかな。もしかしたらここまで運んでくれたのかもしれない。
心配してくれたんだ。
いっぱい迷惑かけて申し訳ないことなのに、こんな喜んで胸が高鳴って。私、不謹慎だ。
「俺、不謹慎かも」
「え?」
まるで私の心を読んだかのような言葉が颯見くんの口から聞こえて、心臓が跳ねた。
「嬉しかった」
颯見くんが、そのふんわりした黒髪に片手を当てる。颯見くんの、よくする癖。
すぐその手は髪から離れて、隠れていた綺麗な二重が緩やかに弧を描いた。
「哀咲が、真内じゃなくて俺に頼ってくれて。喜んでんだよ、俺」
はは、と笑った颯見くんに、ドクンと、心臓が騒いだ。
それってどういう意味だろう。
期待しかけた心を、慌ててぐっと抑えた。
違う違う。
颯見くんは、鈴葉ちゃんが真内くんのことを好きだと思ってるから、そんな真内くんに対抗心を持っているだけ。
きっとそう。私が期待するようなことは何もない。
心の中で葛藤していると、颯見くんがしゃがんで、私の顔を覗き込んだ。
「まだ気分悪い?」
真剣な眼差しが、近距離から刺さって、また脈が動きを変える。
首を横に振ると、颯見くんは「よかった」と笑った後、少し視線を逸らした。
「昨日はごめんな」
突然謝られて、え、と声が漏れる。
「俺、自分勝手だよな」
颯見くんが自分勝手?
思い切り首を振った。
自分勝手は、私の方。
釘を刺されたのに、またドキドキして、傲慢になっている。颯見くんは、そんな私を、今も、純粋に心配してくれて、一緒にいてくれてるのに。
そうだ、お礼、言えてない。私を保健室まで連れてきてくれた。心配して目が覚めるまで待ってくれていた。
思えば最近はずっと、颯見くんに、ありがとうを言えていなかった。自分が傷付きたくなくて、保身ばかりで。
私って、自分のことばっかりだ。
「あの、颯見くん」
声を出すと、颯見くんの視線が私に向いた。
「どうした?」
優しい声に、胸の奥が溶かされていく。
私が颯見くんに自然に話せるのは、こうやって颯見くんがいつも優しく受け入れようとしてくれるから。
「あの、保健室、連れてきてくれて、ありがとう」
声と一緒に吐き出される息が少し熱を帯びていた。
颯見くんは、一瞬目を見開いてから、静かに首を横に振る。
「俺は、やりたいように勝手にやってるだけだから」
颯見くんが、優しく笑った。
ドクン、と鼓動が揺れ動く。
颯見くんは、どこまで優しい人なんだろう。
そう言えば去年ここで初めて会った日も、同じように言ってくれた。
――俺は、俺が喋りたい時に勝手に喋ってるからさ、
――無理に話そうとしなくてもいいんだよ
一言一句、覚えてる。
颯見くんは、ずっと変わらない。
私はあの時から、颯見くんのことが好きだったんだと思う。小さく芽生えた好きの気持ちは、今では抑えきれないくらい膨らんで。
「困らせたくないって思ってたけど、やっぱりどうしても。俺の気持ちは変わらないよ」
不意にまた、そう釘を刺されて、ぎゅ、と心臓が抉られたように痛んだ。
だけど、その気持ちはすごくよくわかる。私も、やっぱりどうしても、好き、は消えないみたい。好きな気持ちを辞めることなんて、最初から私にはできなかったんだ。
それは、だって。私は、颯見くんに好かれるために颯見くんを好きになったわけじゃないから。
――フラれるのわかってたけどちゃんと気持ち伝えてよかった
鈴葉ちゃんの言葉が、今さら胸に沁みてくる。
フラれるとわかっていながら、気持ちを打ち明けた鈴葉ちゃんの気持ちが、今になってわかった。
好かれるために好きになったんじゃない。付き合うために告白したんじゃない。ただ、好き。それだけ。見返りなんて、何も考えてない。
昨日ふと思った、
“私も好きと伝えてしまったらどうなるんだろう”
その答えなんて、いらない。
目を覚ますと、見慣れた白いタイル張りの天井が視界に映る。
ああ……また、やってしまったんだ。倒れる前にと思っていたのに、結局また誰かに迷惑をかけてここまで運ばせてしまったのかな。
そこまで考えて、倒れる直前のことを思い出した。
颯見くんにも、迷惑をかけてしまった。いくら保健委員だとは言え、あんな風に助けを求められて目の前で倒れられたら、きっと大変だっただろうな。後でちゃんと謝らないと。
そう思って、ゆっくりと体を起こしてベッドの端に座る。ベッドを囲むクリーム色のカーテンの端を、そっと掴んだ。
これを開けたら、そこにいるのは保健の先生かな。それとも――。
思いかけて首を振る。
何を期待しているんだろう。厚かましいにもほどがある。
浮かんだ颯見くんの顔に胸が高鳴るのを、ぐっと抑えた。
きっと居るのは保健の先生。先生に、ちゃんとお礼と謝罪を言わないと。
カーテンを掴む手が少し震える。
少しだけそれを横に動かすと、カーテンの向こうから、ギコ、と先生の椅子の音が聞こえた。
「起きた?」
ドクン、と大きく心臓が跳ねる。
足音が聞こえて、少しだけ開いたカーテンの隙間から、制服の白シャツがのぞいた。
「開けるよ」
掴んでいたカーテンが、シャーっと音を立てて横に動いた。
視界に映る、保健室の景色と、目の前の男子の制服。
心臓が、速いペースで脈を刻み出す。
顔を上げると、クシャッと笑った颯見くんと目が合った。
「よかった!」
胸の奥がカッと熱くなって、これでもかというぐらい心臓が騒ぎ出す。
本当に、颯見くんがいた。倒れた後、ずっと一緒にいてくれたのかな。もしかしたらここまで運んでくれたのかもしれない。
心配してくれたんだ。
いっぱい迷惑かけて申し訳ないことなのに、こんな喜んで胸が高鳴って。私、不謹慎だ。
「俺、不謹慎かも」
「え?」
まるで私の心を読んだかのような言葉が颯見くんの口から聞こえて、心臓が跳ねた。
「嬉しかった」
颯見くんが、そのふんわりした黒髪に片手を当てる。颯見くんの、よくする癖。
すぐその手は髪から離れて、隠れていた綺麗な二重が緩やかに弧を描いた。
「哀咲が、真内じゃなくて俺に頼ってくれて。喜んでんだよ、俺」
はは、と笑った颯見くんに、ドクンと、心臓が騒いだ。
それってどういう意味だろう。
期待しかけた心を、慌ててぐっと抑えた。
違う違う。
颯見くんは、鈴葉ちゃんが真内くんのことを好きだと思ってるから、そんな真内くんに対抗心を持っているだけ。
きっとそう。私が期待するようなことは何もない。
心の中で葛藤していると、颯見くんがしゃがんで、私の顔を覗き込んだ。
「まだ気分悪い?」
真剣な眼差しが、近距離から刺さって、また脈が動きを変える。
首を横に振ると、颯見くんは「よかった」と笑った後、少し視線を逸らした。
「昨日はごめんな」
突然謝られて、え、と声が漏れる。
「俺、自分勝手だよな」
颯見くんが自分勝手?
思い切り首を振った。
自分勝手は、私の方。
釘を刺されたのに、またドキドキして、傲慢になっている。颯見くんは、そんな私を、今も、純粋に心配してくれて、一緒にいてくれてるのに。
そうだ、お礼、言えてない。私を保健室まで連れてきてくれた。心配して目が覚めるまで待ってくれていた。
思えば最近はずっと、颯見くんに、ありがとうを言えていなかった。自分が傷付きたくなくて、保身ばかりで。
私って、自分のことばっかりだ。
「あの、颯見くん」
声を出すと、颯見くんの視線が私に向いた。
「どうした?」
優しい声に、胸の奥が溶かされていく。
私が颯見くんに自然に話せるのは、こうやって颯見くんがいつも優しく受け入れようとしてくれるから。
「あの、保健室、連れてきてくれて、ありがとう」
声と一緒に吐き出される息が少し熱を帯びていた。
颯見くんは、一瞬目を見開いてから、静かに首を横に振る。
「俺は、やりたいように勝手にやってるだけだから」
颯見くんが、優しく笑った。
ドクン、と鼓動が揺れ動く。
颯見くんは、どこまで優しい人なんだろう。
そう言えば去年ここで初めて会った日も、同じように言ってくれた。
――俺は、俺が喋りたい時に勝手に喋ってるからさ、
――無理に話そうとしなくてもいいんだよ
一言一句、覚えてる。
颯見くんは、ずっと変わらない。
私はあの時から、颯見くんのことが好きだったんだと思う。小さく芽生えた好きの気持ちは、今では抑えきれないくらい膨らんで。
「困らせたくないって思ってたけど、やっぱりどうしても。俺の気持ちは変わらないよ」
不意にまた、そう釘を刺されて、ぎゅ、と心臓が抉られたように痛んだ。
だけど、その気持ちはすごくよくわかる。私も、やっぱりどうしても、好き、は消えないみたい。好きな気持ちを辞めることなんて、最初から私にはできなかったんだ。
それは、だって。私は、颯見くんに好かれるために颯見くんを好きになったわけじゃないから。
――フラれるのわかってたけどちゃんと気持ち伝えてよかった
鈴葉ちゃんの言葉が、今さら胸に沁みてくる。
フラれるとわかっていながら、気持ちを打ち明けた鈴葉ちゃんの気持ちが、今になってわかった。
好かれるために好きになったんじゃない。付き合うために告白したんじゃない。ただ、好き。それだけ。見返りなんて、何も考えてない。
昨日ふと思った、
“私も好きと伝えてしまったらどうなるんだろう”
その答えなんて、いらない。
