「颯見」
低い声が響いて、颯見くんがゆっくり振り返った。つられて私も真内くんを見る。
「振り回してんのは、颯見、あんただ」
ポツリと落とされるような低い声が静かに響いた。
「は、――」
「あんたが哀咲を幸せにできねーなら、」
颯見くんに向かっていた真内くんの視線が、ストンと私に落ちてきた。
「……俺が、もらう」
真内くんの声が蝉の声に混ざって溶けた。
瞬間。
「わっ……?」
颯見くんにグイッと手首を引かれて、え、と心の中で声が響いた。
視界が揺れて、視線が真内くんから外れる。強く引かれて、階段に下ろしていた腰が浮く。
「あっ……」
身体が前に倒れこんで、ドサッと熱い体温に受け止められた。
それが颯見くんの胸板だと理解した瞬間。
はっと息が止まった。
呼吸が止まったまま数秒間。
高鳴る心臓の音だけが耳に響く。
「ごめん」
耳元から小さく届いた颯見くんの声に、心臓が大きく跳ねた。
は、と一気に息を吐き出して、体勢を立て直そうとすると、それを感じたらしい颯見くんがスッと手首を離した。体が颯見くんから離れる。
今の、何だったんだろう。
身体に感じた熱い温度が、まだ残ってる。ドクドクと脈が主張して煩い。顔に熱が上がってきて、目が回ってしまいそう。
「あ、雫ちゃんと真内くんだったんだ! ボール当たらなかった? 大丈夫?」
走ってきた鈴葉ちゃんの声が、すぐ近くから聞こえて、ピクリと肩が揺れた。
溺れかけていた思考が酸素を吸って正常に動けと命令を出す。だけどまだ、余韻のように鼓動は激しいまま。
「ていうか、雫ちゃんと真内くん二人だけ? 他の部員は?」
鈴葉ちゃんの少し怪訝そうな声。
「二人で話したかったから」
真内くんが表情を変えずに答えた。
鈴葉ちゃんを見ると、怪訝そうな顔で真内くんを見つめている。
「……あのさ、真内くん、ちょっと話があるから来て」
いつも明るくて可愛い笑顔の鈴葉ちゃんが、珍しく真内くんを睨み上げているように見える。
どうしてだろう。真内くんに対して何か誤解していることがあるのかな。今の状況、もしかして、真内くんが何か悪者に見えていたのかな。
それなら、早く誤解を解かなければ。
「あの、鈴葉ちゃ――」
「わかった」
説明しようとした私の言葉を真内くんが遮った。
あ、と声を漏らすけれど、真内くんは鈴葉ちゃんと歩き出してしまう。
あ、どうしよう。おかしなことになる前に、早く誤解解かなきゃ。
階段を登っていく鈴葉ちゃんと真内くんの背中に向かって息を吸った。
「鈴葉ちゃんっ!」
運動場に響いた自分の声が思ったより大きく反響して、少し緊張する。
鈴葉ちゃんと真内くんが足を止めて、振り返った鈴葉ちゃんが、ふわっと笑った。
「大丈夫だよ」
いや、待って。
ちゃんと伝えないと、と思って、咄嗟に階段を駆け上がる。
その足音を聞いた真内くんが、それを制止させるように振り向いた。
思わず、足を止める。
真内くんはまるで、大丈夫だ、とでも言うように、ふ、と息を吐いて、また前を向いて歩き出した。
――俺がもらう
真内くんの言葉を思い出した。
真内くんがあのタイミングであんなことを言ったのは、颯見くんを揺さぶろうとしたんだってすぐにわかった。何か企むように一瞬笑ったのが見えたから。
真内くんは、私がもう失恋してること、知らないから、私のために頑張ってくれた。
そう、私は失恋してる、はずなのに。
釘も刺されたはず、なのに。
なのに、また、期待しそうになってる。
だって、どうして、颯見くんは私の手を引いたの?
心臓がドキドキいってる。
いや、違うよ私。颯見くんは、鈴葉ちゃんの想い人は真内くんだと思ってるから。真内くんのことが少し気に入らないのかもしれない。そんな真内くんに挑発的なこと言われて、苛立っただけ。
――哀咲を振り回すなよ
たぶん何かを誤解していて。私を友人として、守ってくれようとしただけ。
「颯見ー! 顧問に怒られっぞ! 早く戻ってこいよー」
「わかった、悪い! 今行く!」
背後でそんなやり取りが聞こえて、颯見くんが走って行く足音が遠くなって行く。
振り向くと、颯見くんはもうサッカー部のコートに戻っていて、同じユニフォームを来た男子達に囲まれながら、楽しそうに話していた。
少しだけ、寂しく感じるのは、さっきまであまりに近い距離にいたせいかな。
傲慢になりかけた心を元に戻すのには時間がかかる。好き、という気持ちを抑えることを忘れている。
――フラれるのわかってたけどちゃんと気持ち伝えてよかった
ふと思い出して。
私も好きと伝えてしまったらどうなるんだろう。
そんなことを、考えた。
低い声が響いて、颯見くんがゆっくり振り返った。つられて私も真内くんを見る。
「振り回してんのは、颯見、あんただ」
ポツリと落とされるような低い声が静かに響いた。
「は、――」
「あんたが哀咲を幸せにできねーなら、」
颯見くんに向かっていた真内くんの視線が、ストンと私に落ちてきた。
「……俺が、もらう」
真内くんの声が蝉の声に混ざって溶けた。
瞬間。
「わっ……?」
颯見くんにグイッと手首を引かれて、え、と心の中で声が響いた。
視界が揺れて、視線が真内くんから外れる。強く引かれて、階段に下ろしていた腰が浮く。
「あっ……」
身体が前に倒れこんで、ドサッと熱い体温に受け止められた。
それが颯見くんの胸板だと理解した瞬間。
はっと息が止まった。
呼吸が止まったまま数秒間。
高鳴る心臓の音だけが耳に響く。
「ごめん」
耳元から小さく届いた颯見くんの声に、心臓が大きく跳ねた。
は、と一気に息を吐き出して、体勢を立て直そうとすると、それを感じたらしい颯見くんがスッと手首を離した。体が颯見くんから離れる。
今の、何だったんだろう。
身体に感じた熱い温度が、まだ残ってる。ドクドクと脈が主張して煩い。顔に熱が上がってきて、目が回ってしまいそう。
「あ、雫ちゃんと真内くんだったんだ! ボール当たらなかった? 大丈夫?」
走ってきた鈴葉ちゃんの声が、すぐ近くから聞こえて、ピクリと肩が揺れた。
溺れかけていた思考が酸素を吸って正常に動けと命令を出す。だけどまだ、余韻のように鼓動は激しいまま。
「ていうか、雫ちゃんと真内くん二人だけ? 他の部員は?」
鈴葉ちゃんの少し怪訝そうな声。
「二人で話したかったから」
真内くんが表情を変えずに答えた。
鈴葉ちゃんを見ると、怪訝そうな顔で真内くんを見つめている。
「……あのさ、真内くん、ちょっと話があるから来て」
いつも明るくて可愛い笑顔の鈴葉ちゃんが、珍しく真内くんを睨み上げているように見える。
どうしてだろう。真内くんに対して何か誤解していることがあるのかな。今の状況、もしかして、真内くんが何か悪者に見えていたのかな。
それなら、早く誤解を解かなければ。
「あの、鈴葉ちゃ――」
「わかった」
説明しようとした私の言葉を真内くんが遮った。
あ、と声を漏らすけれど、真内くんは鈴葉ちゃんと歩き出してしまう。
あ、どうしよう。おかしなことになる前に、早く誤解解かなきゃ。
階段を登っていく鈴葉ちゃんと真内くんの背中に向かって息を吸った。
「鈴葉ちゃんっ!」
運動場に響いた自分の声が思ったより大きく反響して、少し緊張する。
鈴葉ちゃんと真内くんが足を止めて、振り返った鈴葉ちゃんが、ふわっと笑った。
「大丈夫だよ」
いや、待って。
ちゃんと伝えないと、と思って、咄嗟に階段を駆け上がる。
その足音を聞いた真内くんが、それを制止させるように振り向いた。
思わず、足を止める。
真内くんはまるで、大丈夫だ、とでも言うように、ふ、と息を吐いて、また前を向いて歩き出した。
――俺がもらう
真内くんの言葉を思い出した。
真内くんがあのタイミングであんなことを言ったのは、颯見くんを揺さぶろうとしたんだってすぐにわかった。何か企むように一瞬笑ったのが見えたから。
真内くんは、私がもう失恋してること、知らないから、私のために頑張ってくれた。
そう、私は失恋してる、はずなのに。
釘も刺されたはず、なのに。
なのに、また、期待しそうになってる。
だって、どうして、颯見くんは私の手を引いたの?
心臓がドキドキいってる。
いや、違うよ私。颯見くんは、鈴葉ちゃんの想い人は真内くんだと思ってるから。真内くんのことが少し気に入らないのかもしれない。そんな真内くんに挑発的なこと言われて、苛立っただけ。
――哀咲を振り回すなよ
たぶん何かを誤解していて。私を友人として、守ってくれようとしただけ。
「颯見ー! 顧問に怒られっぞ! 早く戻ってこいよー」
「わかった、悪い! 今行く!」
背後でそんなやり取りが聞こえて、颯見くんが走って行く足音が遠くなって行く。
振り向くと、颯見くんはもうサッカー部のコートに戻っていて、同じユニフォームを来た男子達に囲まれながら、楽しそうに話していた。
少しだけ、寂しく感じるのは、さっきまであまりに近い距離にいたせいかな。
傲慢になりかけた心を元に戻すのには時間がかかる。好き、という気持ちを抑えることを忘れている。
――フラれるのわかってたけどちゃんと気持ち伝えてよかった
ふと思い出して。
私も好きと伝えてしまったらどうなるんだろう。
そんなことを、考えた。
