座ると、ちょうど視界に映ったのは、サッカー部の練習風景。
もしかして、サッカーしてる颯見くんを私に見せるために、ここへ連れて来たのかな。私が部室の窓から見ていたから、見えやすい場所に連れてきてくれたのかな。そんな気がしてくる。
だけど、私にそんな資格はない。釘を刺された。諦めなきゃいけない。
姿を見たら、どんどん忘れられなくなる。
見るべきじゃない。そう思って、俯いた。
「見ねーの?」
隣から、低い声。やっぱり。
真内くんは、私が颯見くんと上手くいくように応援してくれている。だから、ここへ連れてきたんだ。
バレンタインの日、背中を押してくれた。今もきっとそうなんだろうな。だけど、もう――。
「何があった? アイツと」
真内くんの声がより一層低く聞こえた。視線を上げると、何でも見透かしてしまいそうな切長の瞳と目が合って、思わずすぐ逸らす。
颯見くんのこと好きじゃなくなった、とか、心から言えたらいいのに。今は、そんなこと言ってもただの嘘。
だって、今、もしグラウンドに目を向けたら、真剣に走り回る颯見くんからきっと目が離せなくなる。そしてまた、ドキドキして、好きな気持ちが大きくなる。
あんなに釘を刺されたのに。わざわざ呼ばれて、鈴葉ちゃんのことが好きだと告げられたのに。
鈴葉ちゃんのことを好きだと言った、あの時の、颯見くんの真っ直ぐな目。
思い出して、ぎゅうっと心臓が抉られた。
「……やっぱり言わなくていい」
低くていつもより少し柔らかな声が落ちてきた。思わず視線を上げると、真っ直ぐ目が合って、ゆっくり真内くんの手が延びてくる。
「あんたのそういう顔見んの、俺も辛い」
延びてきた手が、ふわっと頭に乗って、スルッと髪を滑っていった。
直後。
ダンッ!!
と、まるで何か破裂したかのような大きな音が、鼓膜を揺るがした。
真内くんの奥側から、跳ね返ったサッカーボールがグラウンドへ弧を描いて飛んでいく。
「颯見、どこ飛ばしてんだよー」
「悪い!」
不意に颯見くんの声が聞こえてきて、トクンと鼓動が跳ねた。
タッタッタッと、軽い足音が近づいてくる。それが誰の足音なのか、簡単に見当がついてしまって、真内くんに向けた顔を動かせない。
その足音が私のすぐ横で止まった。
心臓が、きゅ、と小さくつままれる。
延ばした手を引っ込めた真内くんが、ふっと表情を緩めた気がした。
「さっきの、」
少し息遣いの荒い颯見くんの声が落ちてきた。
トクン、とまた鼓動が反応する。
「ごめん、わざと」
真っ直ぐ延びた声が、迷いなく耳に届く。
わざと、の意味がわからなくて、思わず颯見くんに視線を向けた。
見てから、しまった、と心の中で後悔する。
髪から首筋を伝う汗。上気して赤味を帯びた頬。
部活中の颯見くんを間近で見るのは初めてで、一気に心臓が早鐘を打つ。
ほら、やっぱりこうなる。
颯見くんの視線は、真内くんを真っ直ぐ捉えている。
隣から、フッと短い息の音が聞こえて。
「ああ」
真内くんが、短く答えた。
その瞬間、たった一瞬だけ、颯見くんが、何かをグッと堪えるように眉をひそめた気がした。
「真内、」
颯見くんの声が、少し低くなった。
「哀咲を振り回すなよ」
不意に自分の名前が出てきて、ぴくりと心臓が反応した。その余韻みたいに、ドクドクと脈がうるさい。
振り回す、って何のことだろう。私は真内くんに振り回された記憶はない。何の話をしてるんだろう。
「なるほど」
隣から、真内くんの落ち着いた声が聞こえた。
颯見くんが怪訝そうな表情で、真内くんの方を見ている。
「あんたはあの幼なじみから、何か聞いたんだな」
あの幼なじみっていうのは、鈴葉ちゃんのことかな。真内くんは何を言おうとしているんだろう。
少し不安になって、真内くんに視線を移す。
真内くんはチラリと私に視線を向けてから、また颯見くんを見上げた。
「俺が、こいつを振り回してるように見えるのか」
いつもより少しだけ流暢に流れた真内くんの低い声。
「……振り回していいなら、もうとっくに」
ポツリと零れるような低い声が耳に届いた瞬間。
ダンっと。颯見くんが、手に持っていたボールを地面に叩きつけた。
「ふざけんな!!」
颯見くんの荒い声が響いて、思わず肩を揺らした。
目を向けると、一瞬だけ颯見くんと目が合って、すぐ逸らされる。
「振り回してねーなら、何のつもりで――」
「あのーっ!」
颯見くんの声に被せて、グラウンドの奥から澄んだ声が飛んで来た。
その瞬間に、空気が変わる。
目を向けると、遠くから走ってくる鈴葉ちゃんらしき人影が小さく見えた。
「大丈夫ですかーっ?」
走りながら声を張り上げる鈴葉ちゃんに、口をつぐんだ颯見くんが振り返る。
きゅっと心臓が痛んだ。
颯見くんは今、走ってくる鈴葉ちゃんに、どんな表情を向けているのかな。鈴葉ちゃんの声を聞いて鼓動を鳴らしたりもしたのかな。だって、颯見くんの好きな人、だもんね。
もしかして、サッカーしてる颯見くんを私に見せるために、ここへ連れて来たのかな。私が部室の窓から見ていたから、見えやすい場所に連れてきてくれたのかな。そんな気がしてくる。
だけど、私にそんな資格はない。釘を刺された。諦めなきゃいけない。
姿を見たら、どんどん忘れられなくなる。
見るべきじゃない。そう思って、俯いた。
「見ねーの?」
隣から、低い声。やっぱり。
真内くんは、私が颯見くんと上手くいくように応援してくれている。だから、ここへ連れてきたんだ。
バレンタインの日、背中を押してくれた。今もきっとそうなんだろうな。だけど、もう――。
「何があった? アイツと」
真内くんの声がより一層低く聞こえた。視線を上げると、何でも見透かしてしまいそうな切長の瞳と目が合って、思わずすぐ逸らす。
颯見くんのこと好きじゃなくなった、とか、心から言えたらいいのに。今は、そんなこと言ってもただの嘘。
だって、今、もしグラウンドに目を向けたら、真剣に走り回る颯見くんからきっと目が離せなくなる。そしてまた、ドキドキして、好きな気持ちが大きくなる。
あんなに釘を刺されたのに。わざわざ呼ばれて、鈴葉ちゃんのことが好きだと告げられたのに。
鈴葉ちゃんのことを好きだと言った、あの時の、颯見くんの真っ直ぐな目。
思い出して、ぎゅうっと心臓が抉られた。
「……やっぱり言わなくていい」
低くていつもより少し柔らかな声が落ちてきた。思わず視線を上げると、真っ直ぐ目が合って、ゆっくり真内くんの手が延びてくる。
「あんたのそういう顔見んの、俺も辛い」
延びてきた手が、ふわっと頭に乗って、スルッと髪を滑っていった。
直後。
ダンッ!!
と、まるで何か破裂したかのような大きな音が、鼓膜を揺るがした。
真内くんの奥側から、跳ね返ったサッカーボールがグラウンドへ弧を描いて飛んでいく。
「颯見、どこ飛ばしてんだよー」
「悪い!」
不意に颯見くんの声が聞こえてきて、トクンと鼓動が跳ねた。
タッタッタッと、軽い足音が近づいてくる。それが誰の足音なのか、簡単に見当がついてしまって、真内くんに向けた顔を動かせない。
その足音が私のすぐ横で止まった。
心臓が、きゅ、と小さくつままれる。
延ばした手を引っ込めた真内くんが、ふっと表情を緩めた気がした。
「さっきの、」
少し息遣いの荒い颯見くんの声が落ちてきた。
トクン、とまた鼓動が反応する。
「ごめん、わざと」
真っ直ぐ延びた声が、迷いなく耳に届く。
わざと、の意味がわからなくて、思わず颯見くんに視線を向けた。
見てから、しまった、と心の中で後悔する。
髪から首筋を伝う汗。上気して赤味を帯びた頬。
部活中の颯見くんを間近で見るのは初めてで、一気に心臓が早鐘を打つ。
ほら、やっぱりこうなる。
颯見くんの視線は、真内くんを真っ直ぐ捉えている。
隣から、フッと短い息の音が聞こえて。
「ああ」
真内くんが、短く答えた。
その瞬間、たった一瞬だけ、颯見くんが、何かをグッと堪えるように眉をひそめた気がした。
「真内、」
颯見くんの声が、少し低くなった。
「哀咲を振り回すなよ」
不意に自分の名前が出てきて、ぴくりと心臓が反応した。その余韻みたいに、ドクドクと脈がうるさい。
振り回す、って何のことだろう。私は真内くんに振り回された記憶はない。何の話をしてるんだろう。
「なるほど」
隣から、真内くんの落ち着いた声が聞こえた。
颯見くんが怪訝そうな表情で、真内くんの方を見ている。
「あんたはあの幼なじみから、何か聞いたんだな」
あの幼なじみっていうのは、鈴葉ちゃんのことかな。真内くんは何を言おうとしているんだろう。
少し不安になって、真内くんに視線を移す。
真内くんはチラリと私に視線を向けてから、また颯見くんを見上げた。
「俺が、こいつを振り回してるように見えるのか」
いつもより少しだけ流暢に流れた真内くんの低い声。
「……振り回していいなら、もうとっくに」
ポツリと零れるような低い声が耳に届いた瞬間。
ダンっと。颯見くんが、手に持っていたボールを地面に叩きつけた。
「ふざけんな!!」
颯見くんの荒い声が響いて、思わず肩を揺らした。
目を向けると、一瞬だけ颯見くんと目が合って、すぐ逸らされる。
「振り回してねーなら、何のつもりで――」
「あのーっ!」
颯見くんの声に被せて、グラウンドの奥から澄んだ声が飛んで来た。
その瞬間に、空気が変わる。
目を向けると、遠くから走ってくる鈴葉ちゃんらしき人影が小さく見えた。
「大丈夫ですかーっ?」
走りながら声を張り上げる鈴葉ちゃんに、口をつぐんだ颯見くんが振り返る。
きゅっと心臓が痛んだ。
颯見くんは今、走ってくる鈴葉ちゃんに、どんな表情を向けているのかな。鈴葉ちゃんの声を聞いて鼓動を鳴らしたりもしたのかな。だって、颯見くんの好きな人、だもんね。
