立ち上がり、教室を出て、鈴葉ちゃんと並んで廊下を歩く。
「急に話がしたいなんて、びっくりさせたよね。ごめんね」
何を話されるんだろうって不安は消えないのに、鈴葉ちゃんの隣は穏やかで優しくて温かい。
廊下は、テストが終わった開放感のせいか、いつもより賑やか。
部活がないのも今日までで、それを謳歌するかのように立ち話をしてる人達が多い。
廊下で話している女子達や、たまに男子も、高確率で鈴葉ちゃんに声をかけて、バイバイと手を振っていく。
颯見くんと、同じだな。みんなから好かれていて、人気者で、優しくて、いい人。颯見くんが鈴葉ちゃんを好きになるのは、当たり前だ。
賑やかな廊下を抜けて、階段を降り、渡り廊下の下を通って中庭に出た。
中庭にはまだあまり人が出てきていなくて、校舎からの賑やかな声が遠くに聞こえる。
そういえば以前、ここで朝羽くんと話をしたなぁ。
あまり晴れやかじゃない思い出が脳裏によぎって、少し身体が重くなる。
「ここ座ろ」
鈴葉ちゃんが、ベンチの上をパッパッと手で払った。鈴葉ちゃんが腰掛けた横に私も座る。
鈴葉ちゃんらしい春の花のような温かな香りが鼻をかすめた。
「あのね、雫ちゃんに謝りたいの」
いつもより落ち着いた声。
視線を向けると、鈴葉ちゃんの横顔が強張っている。
「私、雫ちゃんを振り回してたよね。勝手にお節介なことして、良い事してる気分でいたの。真内くんにも迷惑かけてたと思う」
そこまで言われて、鈴葉ちゃんが何を謝りたいのかわかった。私と真内くんをくっつけようとしていたこと。
「雫ちゃんのこと、ちゃんと考えてなかった」
そんなこと、謝る必要ないのに。
そう思って、首を横に振る。
だけど、鈴葉ちゃんは続ける。
「純粋な気持ちで応援してたわけじゃなかったんだって気付いたの」
強張った横顔を見つめていたら、鈴葉ちゃんの顔がこちらに向いた。
「本当に、ごめんなさい」
そう言って頭を下げた鈴葉ちゃん。
えっ、と声を出したけど、鈴葉ちゃんは一向に頭を上げない。
「す、鈴葉ちゃん、私は大丈夫だよ」
言うと、鈴葉ちゃんは首を振る。
スカートの裾を握りしめる鈴葉ちゃんの手が震えている。
「大丈夫、だから」
もう一度言うと、鈴葉ちゃんがゆっくりと顔を上げた。その淡く澄んだ瞳が揺れる。
「違うの……結局、自分のためだった……」
震えた声。潤んだ瞳から、一筋涙が零れるのを見て、ハッと息を吸った。
「鈴葉、ちゃん」
「私のせいで、二人の関係壊してしまってたら……どうしようっ……」
整った顔が、悲痛に歪む。
いつも明るい鈴葉ちゃんの、こんな姿を見るのは初めてで、キュッと胸が苦しくなる。思わず、震える鈴葉ちゃんの手に自分の手を重ねた。
二人の関係って、私と真内くんのことかな。そんなこと、気にしなくていいのに。
ぎゅっと手を握ると、鈴葉ちゃんの瞳がまた揺れた。潤んだ瞳から、透明な涙が頬を伝っていく。口から苦しげな息を吐き出す音が聞こえた。
「私、最低だっ……」
詰まった声が胸を締め付ける。慌てて首を振ると、鈴葉ちゃんも首を振った。
「好きな人に……振り向いてほしくて、やってたんだと思う。少しでも可能性が欲しかっただけ……」
好きな人――。その言葉にピクッと内蔵が揺れた。
それって、颯見くんのこと、だよね。
急に、何の話をしてるのかわからなくなった。
だって、私と真内くんのことと、何も関係がない。私と真内くんがどうなったって、鈴葉ちゃんと颯見くんは両思いだ。
「鈴葉ちゃんの、好きな人……?」
思わず聞いてしまっていた。心の中で後悔する。でも、もう遅い。
鈴葉ちゃんが、目を大きく見開いて、ハッと息を吸った。握り締めた私の手の中から、スルリと鈴葉ちゃんの手が抜ける。
「それは……」
ポツリと震える声が返ってきて、鈴葉ちゃんの視線が逸れる。そのまま前を向いた鈴葉ちゃんの横顔が、その先を躊躇っている。
しばらく沈黙が流れた。
中庭にはさっきよりも人が増えていて、バレーで遊ぶ女子達のはしゃぐ声や、走り回ってる男子達の足音が、空高くに吸い込まれていく。
鈴葉ちゃんの静かな吐息が聞こえた。
「私ね、好きな人に告白して、フラれたの」
さっきまでより少し明るい声。透き通る綺麗な声が、鼓膜を震わせた。
え、と鈴葉ちゃんに顔を向ける。
鈴葉ちゃんが、フラれた?
じゃあ、相手は颯見くんじゃなかったの?
「雫ちゃんも、好きな人いるよね」
サラリと言われて、ドクンと心臓が跳ねた。
「どう、して……」
どうして、バレてるんだろう。一番バレたくない人に。一番、知られてはいけない人に。
鈴葉ちゃんが私に視線を向けて、ふわりと微笑んだ。
私の好きな人は、鈴葉ちゃんのことが好きなんだよ――そう心の中で鈴葉ちゃんに訴える。
ふと、脳裏に浮かんだ光景。
人気のない体育館倉庫の裏。颯見くんの真っ直ぐな目。好き、という言葉。
心臓がぎゅうっと締め付けられて、苦しくなる。
釘を刺された。私の想いは颯見くんにとって迷惑だと知らされた。諦めなきゃいけない。忘れなきゃいけない。
「雫ちゃん……」
鈴葉ちゃんの白い腕が延びてきて、ハッと思考を止めた。そのまま腕が背中に回って、ぎゅっと抱き締められる。鈴葉ちゃんの鼓動が胸に響く。
「……アイツだったら、雫ちゃんに、こんな顔させないのにっ」
耳元で聞こえた、押し殺したような声。
アイツ?
わからなくて、ふと真内くんのことだろうかと考える。
鈴葉ちゃんは、真内くんのこと、何か勘違いしてるかもしれない。真内くんと一緒に登校してたのも、私の体に異変がないかを見守るためだけど、それを鈴葉ちゃんは知らないから。
「あの、鈴葉ちゃん、」
「両思いになれないって辛いよね……」
私の言葉を遮った鈴葉ちゃんの消え入りそうな声が、鼓膜を揺さぶって、胸を締め付けた。
告白してフラれた、と言った、鈴葉ちゃん。
鈴葉ちゃんも、辛いのかな。たくさん、泣いたりしたのかな。
思わず私も背中に腕を回すと、鈴葉ちゃんの体がピクッと揺れて、私を抱きしめる鈴葉ちゃんの手に力が込められた。
「雫ちゃんには、もっといい人がいる。私、知ってるの」
息の詰まった声に、胸が苦しくなる。
「優しいし、結構カッコいい……よ」
はぁ、とため息の音。
背中に回っていた腕が解けて、私も解いた。
体が離れて、鈴葉ちゃんの顔が映る。鈴葉ちゃんは、潤んだ瞳で優しくふわりと笑った。
「私、少し吹っ切れたのかな」
鈴葉ちゃんの声が、鮮やかに青い空に溶けた。
鈴葉ちゃんは、もう前に進んでいるの?
私は釘まで刺されたのに、まだ諦められないでいる。鈴葉ちゃんはすごい。どうやって、吹っ切れたんだろう。
鈴葉ちゃんが前を向く。その横顔がさっきまでとは違って、晴れやかに見えた。
「フラれるのわかってたけど、ちゃんと気持ち伝えて良かった」
足を前に投げ出した鈴葉ちゃんが、ふぅと深い息を吐いた。
今日は天気がいい。空が高くて、鮮やかな濃い色をしている。
澄んだ風が、爽やかに髪を揺らした。
「早く雫ちゃんもそう思える日が来ますように」
整った綺麗な顔が、もう一度私に向く。
「寺泉さん待たせてるよね。戻ろっか」
鈴葉ちゃんは、そう言って立ち上がって、ふわりと柔らかく笑った。
「急に話がしたいなんて、びっくりさせたよね。ごめんね」
何を話されるんだろうって不安は消えないのに、鈴葉ちゃんの隣は穏やかで優しくて温かい。
廊下は、テストが終わった開放感のせいか、いつもより賑やか。
部活がないのも今日までで、それを謳歌するかのように立ち話をしてる人達が多い。
廊下で話している女子達や、たまに男子も、高確率で鈴葉ちゃんに声をかけて、バイバイと手を振っていく。
颯見くんと、同じだな。みんなから好かれていて、人気者で、優しくて、いい人。颯見くんが鈴葉ちゃんを好きになるのは、当たり前だ。
賑やかな廊下を抜けて、階段を降り、渡り廊下の下を通って中庭に出た。
中庭にはまだあまり人が出てきていなくて、校舎からの賑やかな声が遠くに聞こえる。
そういえば以前、ここで朝羽くんと話をしたなぁ。
あまり晴れやかじゃない思い出が脳裏によぎって、少し身体が重くなる。
「ここ座ろ」
鈴葉ちゃんが、ベンチの上をパッパッと手で払った。鈴葉ちゃんが腰掛けた横に私も座る。
鈴葉ちゃんらしい春の花のような温かな香りが鼻をかすめた。
「あのね、雫ちゃんに謝りたいの」
いつもより落ち着いた声。
視線を向けると、鈴葉ちゃんの横顔が強張っている。
「私、雫ちゃんを振り回してたよね。勝手にお節介なことして、良い事してる気分でいたの。真内くんにも迷惑かけてたと思う」
そこまで言われて、鈴葉ちゃんが何を謝りたいのかわかった。私と真内くんをくっつけようとしていたこと。
「雫ちゃんのこと、ちゃんと考えてなかった」
そんなこと、謝る必要ないのに。
そう思って、首を横に振る。
だけど、鈴葉ちゃんは続ける。
「純粋な気持ちで応援してたわけじゃなかったんだって気付いたの」
強張った横顔を見つめていたら、鈴葉ちゃんの顔がこちらに向いた。
「本当に、ごめんなさい」
そう言って頭を下げた鈴葉ちゃん。
えっ、と声を出したけど、鈴葉ちゃんは一向に頭を上げない。
「す、鈴葉ちゃん、私は大丈夫だよ」
言うと、鈴葉ちゃんは首を振る。
スカートの裾を握りしめる鈴葉ちゃんの手が震えている。
「大丈夫、だから」
もう一度言うと、鈴葉ちゃんがゆっくりと顔を上げた。その淡く澄んだ瞳が揺れる。
「違うの……結局、自分のためだった……」
震えた声。潤んだ瞳から、一筋涙が零れるのを見て、ハッと息を吸った。
「鈴葉、ちゃん」
「私のせいで、二人の関係壊してしまってたら……どうしようっ……」
整った顔が、悲痛に歪む。
いつも明るい鈴葉ちゃんの、こんな姿を見るのは初めてで、キュッと胸が苦しくなる。思わず、震える鈴葉ちゃんの手に自分の手を重ねた。
二人の関係って、私と真内くんのことかな。そんなこと、気にしなくていいのに。
ぎゅっと手を握ると、鈴葉ちゃんの瞳がまた揺れた。潤んだ瞳から、透明な涙が頬を伝っていく。口から苦しげな息を吐き出す音が聞こえた。
「私、最低だっ……」
詰まった声が胸を締め付ける。慌てて首を振ると、鈴葉ちゃんも首を振った。
「好きな人に……振り向いてほしくて、やってたんだと思う。少しでも可能性が欲しかっただけ……」
好きな人――。その言葉にピクッと内蔵が揺れた。
それって、颯見くんのこと、だよね。
急に、何の話をしてるのかわからなくなった。
だって、私と真内くんのことと、何も関係がない。私と真内くんがどうなったって、鈴葉ちゃんと颯見くんは両思いだ。
「鈴葉ちゃんの、好きな人……?」
思わず聞いてしまっていた。心の中で後悔する。でも、もう遅い。
鈴葉ちゃんが、目を大きく見開いて、ハッと息を吸った。握り締めた私の手の中から、スルリと鈴葉ちゃんの手が抜ける。
「それは……」
ポツリと震える声が返ってきて、鈴葉ちゃんの視線が逸れる。そのまま前を向いた鈴葉ちゃんの横顔が、その先を躊躇っている。
しばらく沈黙が流れた。
中庭にはさっきよりも人が増えていて、バレーで遊ぶ女子達のはしゃぐ声や、走り回ってる男子達の足音が、空高くに吸い込まれていく。
鈴葉ちゃんの静かな吐息が聞こえた。
「私ね、好きな人に告白して、フラれたの」
さっきまでより少し明るい声。透き通る綺麗な声が、鼓膜を震わせた。
え、と鈴葉ちゃんに顔を向ける。
鈴葉ちゃんが、フラれた?
じゃあ、相手は颯見くんじゃなかったの?
「雫ちゃんも、好きな人いるよね」
サラリと言われて、ドクンと心臓が跳ねた。
「どう、して……」
どうして、バレてるんだろう。一番バレたくない人に。一番、知られてはいけない人に。
鈴葉ちゃんが私に視線を向けて、ふわりと微笑んだ。
私の好きな人は、鈴葉ちゃんのことが好きなんだよ――そう心の中で鈴葉ちゃんに訴える。
ふと、脳裏に浮かんだ光景。
人気のない体育館倉庫の裏。颯見くんの真っ直ぐな目。好き、という言葉。
心臓がぎゅうっと締め付けられて、苦しくなる。
釘を刺された。私の想いは颯見くんにとって迷惑だと知らされた。諦めなきゃいけない。忘れなきゃいけない。
「雫ちゃん……」
鈴葉ちゃんの白い腕が延びてきて、ハッと思考を止めた。そのまま腕が背中に回って、ぎゅっと抱き締められる。鈴葉ちゃんの鼓動が胸に響く。
「……アイツだったら、雫ちゃんに、こんな顔させないのにっ」
耳元で聞こえた、押し殺したような声。
アイツ?
わからなくて、ふと真内くんのことだろうかと考える。
鈴葉ちゃんは、真内くんのこと、何か勘違いしてるかもしれない。真内くんと一緒に登校してたのも、私の体に異変がないかを見守るためだけど、それを鈴葉ちゃんは知らないから。
「あの、鈴葉ちゃん、」
「両思いになれないって辛いよね……」
私の言葉を遮った鈴葉ちゃんの消え入りそうな声が、鼓膜を揺さぶって、胸を締め付けた。
告白してフラれた、と言った、鈴葉ちゃん。
鈴葉ちゃんも、辛いのかな。たくさん、泣いたりしたのかな。
思わず私も背中に腕を回すと、鈴葉ちゃんの体がピクッと揺れて、私を抱きしめる鈴葉ちゃんの手に力が込められた。
「雫ちゃんには、もっといい人がいる。私、知ってるの」
息の詰まった声に、胸が苦しくなる。
「優しいし、結構カッコいい……よ」
はぁ、とため息の音。
背中に回っていた腕が解けて、私も解いた。
体が離れて、鈴葉ちゃんの顔が映る。鈴葉ちゃんは、潤んだ瞳で優しくふわりと笑った。
「私、少し吹っ切れたのかな」
鈴葉ちゃんの声が、鮮やかに青い空に溶けた。
鈴葉ちゃんは、もう前に進んでいるの?
私は釘まで刺されたのに、まだ諦められないでいる。鈴葉ちゃんはすごい。どうやって、吹っ切れたんだろう。
鈴葉ちゃんが前を向く。その横顔がさっきまでとは違って、晴れやかに見えた。
「フラれるのわかってたけど、ちゃんと気持ち伝えて良かった」
足を前に投げ出した鈴葉ちゃんが、ふぅと深い息を吐いた。
今日は天気がいい。空が高くて、鮮やかな濃い色をしている。
澄んだ風が、爽やかに髪を揺らした。
「早く雫ちゃんもそう思える日が来ますように」
整った綺麗な顔が、もう一度私に向く。
「寺泉さん待たせてるよね。戻ろっか」
鈴葉ちゃんは、そう言って立ち上がって、ふわりと柔らかく笑った。
