~太吉side~
「せんせー、暑いー」
「クーラー欲しい」
「アイス食いてー」
終わりのホームルーム。教室にダラけた空気が漂っている。
今日から七月になって、確かに日差しも気温も夏のそれになってきた。
もうすぐテスト一週間前になるというのに、このダラけっぷりはさすがに教師としていただけない。このダラけた空気を打開する策はないだろうか。
下敷きでパタパタ仰ぎながら項垂れる生徒達を教壇から見回していると、ハッと良案が頭に浮かんだ。
「おいお前ら、良いこと思いついたぞー」
咄嗟に口にすると、「えー」「なんかやだー」と期待もしてなさそうな返事が飛んでくる。
「嫌なら参加しなくていいんだが。終業式の日、クラスで浜辺に行って手持ち花火どうだ?」
言い終わると、どわっと一気に教室が湧いた。
「楽しそう!」
「やろやろ!」
「太吉先生たまにはいい事考える!」
予想通りの好反応。よし、いいぞ。
だが、やることはもう一つある。
「おい静まれー。それから嵐。お前は今日残って俺の手伝いしてくれ」
「え!」
驚いた後、怪訝そうに俺を見る嵐。よろしく、と告げて、グッと親指を立てる。
それから、その隣に俯きがちに座る女子――哀咲に視線を移した。
前までなら分かりやすいぐらいに嵐を目で追っていたのに、最近じゃ嵐と目を合わすことすらなかなかしようとしない。
二人の間に何かがあったのは確かで、数日前には見るに見かねて無理やり哀咲と嵐を二人で保健室へ追いやった。
その甲斐あってか、嵐は哀咲にまた話しかけるようになったが、哀咲の方がどうもぎこちない。
これじゃ俺がどうにも気に入らないから、嵐に仕掛けるしかない。
「じゃそういうことで。号令!」
起立、礼、ありがとうございましたー、と一連の流れが済んで教室が煩くなる。
「おい嵐、こっちこい」
「えー……」
明らかに嫌そうな顔をしながらも、従って俺についてくる。
「頑張れ颯見ー」「どんまい」などと嵐に飛んでくる野次を背中で受けながら、教室を出た。
向かった先は、数学準備室。
授業で使うデカい三角定規や方眼マスのシート型黒板などがしまわれている。だが高校の数学でそんな道具を使うことはあまり無く、ほぼ誰も入らない空き教室のようになっている。
ガラガラ、とドアを開けると、モワッと蒸された空気が鼻に入った。
「うわ、空気悪いなー」
誰も使わない教室は、換気もされず、太陽の熱と湿気だけが溜まっていたんだろう。いや、ホコリも溜まっていそうだ。
真っ先に窓を開けると、スーッと空気が通り抜けた。
「で、何手伝ったらいいの」
嵐が空いたドアの縁に背中をつけて俺を見る。
「まぁ手伝いっつーか、ちょっと話があってな」
「え、なんかすげーやだ」
「いいから入れ。んでドア閉めろ」
嫌な顔しながらも言う通りに動く嵐。
嵐は昔から素直なのか素直じゃねーのか、そういうやつだ。
教室にはあちこちに机が点在していて、その上に無造作に教材道具が置かれている。
隅にある机の縁に腰かけて足を組むと、嵐も中央の机の上に腰かけた。
「嵐。これは教師としてじゃなく、幼馴染みの兄貴としてなんだが、」
「ますます嫌な予感しかしねーよ」
「手持ち花火合戦で告白しろ」
「は?」
ガタと机を揺らして立ち上がる嵐。
想像通りの反応に余裕の笑みを浮かべて、俺は、構わず続ける。
「お前、好きなんじゃねーの?」
「な、何がっ」
明らかに動揺した目を向けてくるこいつを、ふっと鼻で笑ってやった。
「哀咲のこと、好きなんだろ」
言うと、ピク、と嵐の体が揺れた。
徐々に頬に赤みが増していき、耳まで紅潮させている。
わかりやすい。高校生男子。
どうせ否定するんだろうが、俺にはバレバレだ。
「顔真っ赤だなー、嵐。そんなに哀咲が好きなのかー」
からかい口調で煽ると、嵐はますます顔を赤くする。
嵐は昔から、反応がわかりやすくて面白い。嵐がちびっ子のときは、よくからかって怒らせたり泣かせたりしていたな。負けず嫌いだから、和仁みたいにスルーするってことを知らない。
楽しくなって思わず、口がにやける。
「そんな顔してバレバレだぞー。顔に、好きで好きでたまらないって書いてあるもんなー」
言うと、嵐はふいっと顔を背けた。
「……そうだよ」
ポツン、と。
嵐の呟くような声が、教室に反響した。
「え、」
思っていた反応と違ったせいで、思わず漏れた声。
嵐の赤みを帯びた顔が、真っ直ぐ俺に向く。
「俺、哀咲のこと、好きだよ」
一瞬、時が止まったかのように、静寂が教室を襲った。
どうせ、「うるさい」とか「好きじゃない」とか否定してくると思っていた俺は、返す言葉が見つからずに止まっていた息を吐く。
俺は今、とんでもなく間抜けな顔で固まっているんだろう。
だってよ。こんなに顔を赤らめながら、迷いのない真剣な眼差しで、堂々と、好き、だと口にして。
俺の知らない嵐が、そこにいた。
嵐は、何も言わない俺から視線を外して、ガタ、ともう一度机に腰を落とした。
「でも俺、フラれてるから」
嵐の視線が、床に落ちる。
「もうこれ以上、哀咲を困らせたくない」
寂しい余韻を残して響いた嵐の声が、窓から吹いた風に消えた。
引き続き固まったままの俺と、床を見つめたままの嵐。沈黙が長く続く。
理解の追いつかない脳みそをなんとか動かそうとするが、重りをつけた足のように鈍って言うことを聞かない。
のっそり動いた思考で、なんとか編み出し口から出た言葉は、「意味がわからん」だった。
フラれたって何だ。告白したってことなのか。哀咲は嵐が好きじゃないのか。なんでフッたんだ。
困らせたくないって、もう諦めるってことなのか。それでいいのかお前は。
「意味がわからん」
もう一度言ってやると、嵐は「俺も」と呟いて天井を仰ぎ見た。
「フラれて、好きでいること辞めようと思ったけど、できなかった」
そう言った嵐を見ながら、そうか、フったフラれたのせいでギクシャクしていたのか、と今になって思考が追いついてくる。
「もう、勝手に好きでいることにした」
言いながら、嵐は机に落とした腰をひょいっと持ち上げ、俺を真っ直ぐ見た。
「だからもう、告白はしねーよ」
~太吉side end~
「せんせー、暑いー」
「クーラー欲しい」
「アイス食いてー」
終わりのホームルーム。教室にダラけた空気が漂っている。
今日から七月になって、確かに日差しも気温も夏のそれになってきた。
もうすぐテスト一週間前になるというのに、このダラけっぷりはさすがに教師としていただけない。このダラけた空気を打開する策はないだろうか。
下敷きでパタパタ仰ぎながら項垂れる生徒達を教壇から見回していると、ハッと良案が頭に浮かんだ。
「おいお前ら、良いこと思いついたぞー」
咄嗟に口にすると、「えー」「なんかやだー」と期待もしてなさそうな返事が飛んでくる。
「嫌なら参加しなくていいんだが。終業式の日、クラスで浜辺に行って手持ち花火どうだ?」
言い終わると、どわっと一気に教室が湧いた。
「楽しそう!」
「やろやろ!」
「太吉先生たまにはいい事考える!」
予想通りの好反応。よし、いいぞ。
だが、やることはもう一つある。
「おい静まれー。それから嵐。お前は今日残って俺の手伝いしてくれ」
「え!」
驚いた後、怪訝そうに俺を見る嵐。よろしく、と告げて、グッと親指を立てる。
それから、その隣に俯きがちに座る女子――哀咲に視線を移した。
前までなら分かりやすいぐらいに嵐を目で追っていたのに、最近じゃ嵐と目を合わすことすらなかなかしようとしない。
二人の間に何かがあったのは確かで、数日前には見るに見かねて無理やり哀咲と嵐を二人で保健室へ追いやった。
その甲斐あってか、嵐は哀咲にまた話しかけるようになったが、哀咲の方がどうもぎこちない。
これじゃ俺がどうにも気に入らないから、嵐に仕掛けるしかない。
「じゃそういうことで。号令!」
起立、礼、ありがとうございましたー、と一連の流れが済んで教室が煩くなる。
「おい嵐、こっちこい」
「えー……」
明らかに嫌そうな顔をしながらも、従って俺についてくる。
「頑張れ颯見ー」「どんまい」などと嵐に飛んでくる野次を背中で受けながら、教室を出た。
向かった先は、数学準備室。
授業で使うデカい三角定規や方眼マスのシート型黒板などがしまわれている。だが高校の数学でそんな道具を使うことはあまり無く、ほぼ誰も入らない空き教室のようになっている。
ガラガラ、とドアを開けると、モワッと蒸された空気が鼻に入った。
「うわ、空気悪いなー」
誰も使わない教室は、換気もされず、太陽の熱と湿気だけが溜まっていたんだろう。いや、ホコリも溜まっていそうだ。
真っ先に窓を開けると、スーッと空気が通り抜けた。
「で、何手伝ったらいいの」
嵐が空いたドアの縁に背中をつけて俺を見る。
「まぁ手伝いっつーか、ちょっと話があってな」
「え、なんかすげーやだ」
「いいから入れ。んでドア閉めろ」
嫌な顔しながらも言う通りに動く嵐。
嵐は昔から素直なのか素直じゃねーのか、そういうやつだ。
教室にはあちこちに机が点在していて、その上に無造作に教材道具が置かれている。
隅にある机の縁に腰かけて足を組むと、嵐も中央の机の上に腰かけた。
「嵐。これは教師としてじゃなく、幼馴染みの兄貴としてなんだが、」
「ますます嫌な予感しかしねーよ」
「手持ち花火合戦で告白しろ」
「は?」
ガタと机を揺らして立ち上がる嵐。
想像通りの反応に余裕の笑みを浮かべて、俺は、構わず続ける。
「お前、好きなんじゃねーの?」
「な、何がっ」
明らかに動揺した目を向けてくるこいつを、ふっと鼻で笑ってやった。
「哀咲のこと、好きなんだろ」
言うと、ピク、と嵐の体が揺れた。
徐々に頬に赤みが増していき、耳まで紅潮させている。
わかりやすい。高校生男子。
どうせ否定するんだろうが、俺にはバレバレだ。
「顔真っ赤だなー、嵐。そんなに哀咲が好きなのかー」
からかい口調で煽ると、嵐はますます顔を赤くする。
嵐は昔から、反応がわかりやすくて面白い。嵐がちびっ子のときは、よくからかって怒らせたり泣かせたりしていたな。負けず嫌いだから、和仁みたいにスルーするってことを知らない。
楽しくなって思わず、口がにやける。
「そんな顔してバレバレだぞー。顔に、好きで好きでたまらないって書いてあるもんなー」
言うと、嵐はふいっと顔を背けた。
「……そうだよ」
ポツン、と。
嵐の呟くような声が、教室に反響した。
「え、」
思っていた反応と違ったせいで、思わず漏れた声。
嵐の赤みを帯びた顔が、真っ直ぐ俺に向く。
「俺、哀咲のこと、好きだよ」
一瞬、時が止まったかのように、静寂が教室を襲った。
どうせ、「うるさい」とか「好きじゃない」とか否定してくると思っていた俺は、返す言葉が見つからずに止まっていた息を吐く。
俺は今、とんでもなく間抜けな顔で固まっているんだろう。
だってよ。こんなに顔を赤らめながら、迷いのない真剣な眼差しで、堂々と、好き、だと口にして。
俺の知らない嵐が、そこにいた。
嵐は、何も言わない俺から視線を外して、ガタ、ともう一度机に腰を落とした。
「でも俺、フラれてるから」
嵐の視線が、床に落ちる。
「もうこれ以上、哀咲を困らせたくない」
寂しい余韻を残して響いた嵐の声が、窓から吹いた風に消えた。
引き続き固まったままの俺と、床を見つめたままの嵐。沈黙が長く続く。
理解の追いつかない脳みそをなんとか動かそうとするが、重りをつけた足のように鈍って言うことを聞かない。
のっそり動いた思考で、なんとか編み出し口から出た言葉は、「意味がわからん」だった。
フラれたって何だ。告白したってことなのか。哀咲は嵐が好きじゃないのか。なんでフッたんだ。
困らせたくないって、もう諦めるってことなのか。それでいいのかお前は。
「意味がわからん」
もう一度言ってやると、嵐は「俺も」と呟いて天井を仰ぎ見た。
「フラれて、好きでいること辞めようと思ったけど、できなかった」
そう言った嵐を見ながら、そうか、フったフラれたのせいでギクシャクしていたのか、と今になって思考が追いついてくる。
「もう、勝手に好きでいることにした」
言いながら、嵐は机に落とした腰をひょいっと持ち上げ、俺を真っ直ぐ見た。
「だからもう、告白はしねーよ」
~太吉side end~
