~鈴葉side~
夜八時。カズに連れられて、嵐の部屋にいる。
一階のリビングからは微かに聞こえる談笑の声。
夜にお互いの部屋に集まることは、よくあること。だけど、こんなに静かなのは初めてだ。
ベッドの上で漫画を読んでいる嵐をチラリと見る。
私は少女漫画を読んでいるフリ。内容なんて全く頭に入らない。
隣からツンツンと肘で突かれた。視線を向けると、カズが小さくガッツポーズして、そのまま立ち上がる。
「僕、飲み物買ってくる」
「え!」
思わずカズの袖口を引っ張って、引き止めてしまった。
カズはそれを優しく振り払って、笑顔を向ける。
「大丈夫。行ってくる」
そう落ち着いた声で言って、部屋を出ていった。
二人になってしまった空間。
嵐はカズが出ていったことも気にしてないみたいで、漫画を読み続けている。
私がここに連れてこられた理由はただ一つ。嵐に自分の気持ちを打ち明けるため。
カズに背中を押されて意を決したはずなのに、実際にここまで来ると、決意が揺らぐ。
打ち明けても、本当に関係は壊れないだろうか。
あの日の嵐の顔を思い出した。
一週間前、嵐に怒られた。
私は雫ちゃんの恋が上手くいってほしくて、真内くんと雫ちゃんが話せるように、取り持っていたつもりだった。
あの日。二人が一緒に登校していたから、あと一押しだと思って、真内くんを放課後呼び出した。
真内くんに雫ちゃんのことどう思ってるのか聞いてみようと思って。そうしたら。
『変な誤解でくっつけようとされても迷惑』
そう、言われてしまった。
二人がいい感じだって思ってたのは勘違いだったのか、それとも誤魔化されてるだけなのか。考えながら歩いていたら、先に帰ってもらったはずの嵐を見つけて、答えを貰おうとその話をした。
『俺、そういうことするやつ嫌い』
返ってきたのは答えじゃなくて、キツい拒絶。サッと血の気が引いた。
『そうやって振り回して、哀咲が傷付いたらどうすんの?』
言われて、喉の奥が詰まったのを覚えてる。嵐の言う通りだって頭ではわかった。その通りだ。私が間違ってる。だけど――。
『"哀咲"、"哀咲"って。嵐は雫ちゃんのことばっかりだね!』
言ってしまった。
ハッと立ち止まって振り向いた嵐の顔が忘れられない。
一番言いたくなかったこと。醜い嫉妬。全部、伝わってしまった。
それから嵐とは言葉を交わしていない。
読んでもいないのに開けたままの漫画に視線を落として、意味もなくページをめくる。少女漫画の繊細な絵をぼんやり眺める。
謝りたい。
だけど、雫ちゃんに向けた醜い嫉妬を知られて、話しかける勇気がない。きっともう私の気持ちもバレてる。
――打ち明けてスッキリしちゃいなよ
カズに言われた言葉が脳裏に響いた。
確かに、そうした方がいいかもしれない。いっそ、打ち明けて、謝って、玉砕した方が。
ピロリン、と着信音が鳴った。
クッション脇に置いてある自分のスマホに手を延ばす。開けると、カズからのメッセージだった。
『玄関前にいるから、終わったら話聞く』
カズが、話を聞いてくれる。
そう思ったら心細く震える手がおさまった。
カズがいてくれるなら、頑張れる。
メッセージをもう一度読み返して、ぎゅっとスマホを握りしめる。
「ねぇ、嵐」
出した声は少しだけ震えていた。
漫画に向いていた嵐の視線がこちらに向く。
「この前は、ごめんなさい」
言うと、嵐は漫画を置いて体を起こした。
「いや、俺こそごめん。あの時は俺も」
「あのね、」
勇気がなくなる前に、嵐の言葉を遮る。
「私、嵐のことが好き」
震えた声が、静かな部屋に響いた。
「この前の一言で気付いてたかもしれないけど、私、嵐のことが好きなの」
嵐が口を半開きにして固まる。
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
「う、打ち明けたのは、あの日のことちゃんと謝りたかったから」
言いながら、声が震えてる自分に気付く。
震えないでほしい。そんな、重たい雰囲気で言ったら、もっと気まずくなってしまう。
明るく。軽い感じで話さなきゃ。
「だから、まぁ聞き流してくれたらいいかなって、いうぐらい、の、気持ち」
「鈴葉」
嵐がヒョイっとベッドから立ち上がって、スタスタと私の目の前まで来て座った。
真剣な眼差しを向けられる。
ドクン、ドクン、と脈打つ鼓動が、思ったよりも激しい。
ああ、今からフラれる。
ぎゅっと手に掴んだままのスマホを握りしめる。
「ごめん」
正座した膝に手をついて、深く頭を下げる嵐。
嵐はいつもそうだった。全然知らない誰かに呼び出されて告白された時も、こうやって頭を下げて、決してその子の気持ちを蔑ろにしない。
スマホを握りしめた手の力が緩んで、ふふ、と少しだけ笑みがこぼれた。
「鈴葉のことは、家族みたいに大切に思ってる。でも、恋愛対象としては見てない」
そう言われたけど、思ったよりも平気みたいで。
「うん知ってる。だからこれからも普通に接してよ。気まずいのはもうゴリゴリ!」
自然と笑えていた。
私、今まで何を悩んでいたんだろう。早くこうすれば良かった。そうしたら、いつまでも引きずって、雫ちゃんにまで嫉妬するなんてこと、なかったかもしれないのに。
「鈴葉、ありがとな。けど俺全然気付いてなかった」
「え、そうなの? どんだけ鈍感なの」
「ごめん」
「いいって。これからまた友達としてよろしくね」
「ああ、よろしく」
「ありがと! じゃあ私そろそろ帰るね」
「おう、気をつけろよ」
真っ直ぐで、優しくて、負けず嫌いで、楽しくて。
そんな嵐が大好きだった。
嵐の両親に挨拶をして玄関を出ると、一つの影が待っていた。
暗闇の中の人影は、暗くて顔が見えないけど、誰かはすぐわかる。
「カズ、待っててくれてありがとう」
「当然」
カズは優しい。
今もこうして、告白できたかどうか気になって仕方がないはずなのに、何も言わずに隣を歩いてくれる。
「私、打ち明けたよ」
ピクッと隣でカズの体が揺れた。
「まぁ想像通り、玉砕したけど」
はは、と笑った私に、え、と立ち止まったカズ。
「……嘘っ!?」
心底驚いた表情のカズに、今度は私が驚いて立ち止まった。
「え、カズ、なに。嵐が私のこと好きとか思ってたの?」
「え、いや、まぁ」
歯切れの悪い声を出して、カズはまた歩き出す。それにつられて私もその隣を歩く。
「嵐は、たぶん他に好きな子いるよ」
そう言った私の言葉に、カズは何も返さなかった。
街灯の明かりがほのかに照らす、静かな夜の道。
嵐の家から徒歩一分もかからない私の家は、もう随分前に通り過ぎている。
私もカズも、どこに向かっているのか言わないけどわかる。
嵐の家から、カズと二人で帰る時、昔から必ず寄る公園。いつも帰るのが名残惜しくて、二人でこっそりそこに寄ってから帰っていた。
昔から変わらない大きな滑り台が、前方に姿を現わす。
夜の公園は少し物寂しい。
迷うことなく、滑り台の横のブランコに腰を下ろす。カズも私の隣のブランコに腰かけた。
ゆらゆらとそれを前後に小さく揺らしながら、フラれたんだなぁ、と真っ暗な空を見上げた。告白をすればフラれることは、百も承知だったから、案外傷は浅くて済んだのかもしれない。
ずっと嵐を見てきたから、わかる。嵐が私を好きじゃないことなんて。嵐の視線の先に誰がいるかなんて。
もうずっと、気づいてた。
見上げた空が、あまりにも暗くて寂しくて、泣いてしまいそうになったから、顔を俯けた。
「鈴葉、」
ギコ、とブランコを立つ音が聞こえて、カズが私の前に立った。
「僕が背中押したせいで……」
言いかけた言葉を止めて、じゃねーよな、と小さく独り言が聞こえる。
「頑張ったな、鈴葉」
私はきっと、その言葉の優しさが嬉しかったんだと思う。
気付いたら目からとめどなく涙が溢れ出ていて、私はゆっくり立ち上がってカズに近寄った。
カズの温かい腕が、背中に回る。
「あり、が、と」
カズに背中を押してもらったから、やっと、この想いにケリをつけられる。カズがいなかったら、私はこの想いをずっと抱えたままだったよ。
「存分、泣いたらいいよ」
優しく子どもをあやすような声で言われて、私はカズの胸の中で声をあげて泣いた。
~鈴葉side end~
夜八時。カズに連れられて、嵐の部屋にいる。
一階のリビングからは微かに聞こえる談笑の声。
夜にお互いの部屋に集まることは、よくあること。だけど、こんなに静かなのは初めてだ。
ベッドの上で漫画を読んでいる嵐をチラリと見る。
私は少女漫画を読んでいるフリ。内容なんて全く頭に入らない。
隣からツンツンと肘で突かれた。視線を向けると、カズが小さくガッツポーズして、そのまま立ち上がる。
「僕、飲み物買ってくる」
「え!」
思わずカズの袖口を引っ張って、引き止めてしまった。
カズはそれを優しく振り払って、笑顔を向ける。
「大丈夫。行ってくる」
そう落ち着いた声で言って、部屋を出ていった。
二人になってしまった空間。
嵐はカズが出ていったことも気にしてないみたいで、漫画を読み続けている。
私がここに連れてこられた理由はただ一つ。嵐に自分の気持ちを打ち明けるため。
カズに背中を押されて意を決したはずなのに、実際にここまで来ると、決意が揺らぐ。
打ち明けても、本当に関係は壊れないだろうか。
あの日の嵐の顔を思い出した。
一週間前、嵐に怒られた。
私は雫ちゃんの恋が上手くいってほしくて、真内くんと雫ちゃんが話せるように、取り持っていたつもりだった。
あの日。二人が一緒に登校していたから、あと一押しだと思って、真内くんを放課後呼び出した。
真内くんに雫ちゃんのことどう思ってるのか聞いてみようと思って。そうしたら。
『変な誤解でくっつけようとされても迷惑』
そう、言われてしまった。
二人がいい感じだって思ってたのは勘違いだったのか、それとも誤魔化されてるだけなのか。考えながら歩いていたら、先に帰ってもらったはずの嵐を見つけて、答えを貰おうとその話をした。
『俺、そういうことするやつ嫌い』
返ってきたのは答えじゃなくて、キツい拒絶。サッと血の気が引いた。
『そうやって振り回して、哀咲が傷付いたらどうすんの?』
言われて、喉の奥が詰まったのを覚えてる。嵐の言う通りだって頭ではわかった。その通りだ。私が間違ってる。だけど――。
『"哀咲"、"哀咲"って。嵐は雫ちゃんのことばっかりだね!』
言ってしまった。
ハッと立ち止まって振り向いた嵐の顔が忘れられない。
一番言いたくなかったこと。醜い嫉妬。全部、伝わってしまった。
それから嵐とは言葉を交わしていない。
読んでもいないのに開けたままの漫画に視線を落として、意味もなくページをめくる。少女漫画の繊細な絵をぼんやり眺める。
謝りたい。
だけど、雫ちゃんに向けた醜い嫉妬を知られて、話しかける勇気がない。きっともう私の気持ちもバレてる。
――打ち明けてスッキリしちゃいなよ
カズに言われた言葉が脳裏に響いた。
確かに、そうした方がいいかもしれない。いっそ、打ち明けて、謝って、玉砕した方が。
ピロリン、と着信音が鳴った。
クッション脇に置いてある自分のスマホに手を延ばす。開けると、カズからのメッセージだった。
『玄関前にいるから、終わったら話聞く』
カズが、話を聞いてくれる。
そう思ったら心細く震える手がおさまった。
カズがいてくれるなら、頑張れる。
メッセージをもう一度読み返して、ぎゅっとスマホを握りしめる。
「ねぇ、嵐」
出した声は少しだけ震えていた。
漫画に向いていた嵐の視線がこちらに向く。
「この前は、ごめんなさい」
言うと、嵐は漫画を置いて体を起こした。
「いや、俺こそごめん。あの時は俺も」
「あのね、」
勇気がなくなる前に、嵐の言葉を遮る。
「私、嵐のことが好き」
震えた声が、静かな部屋に響いた。
「この前の一言で気付いてたかもしれないけど、私、嵐のことが好きなの」
嵐が口を半開きにして固まる。
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
「う、打ち明けたのは、あの日のことちゃんと謝りたかったから」
言いながら、声が震えてる自分に気付く。
震えないでほしい。そんな、重たい雰囲気で言ったら、もっと気まずくなってしまう。
明るく。軽い感じで話さなきゃ。
「だから、まぁ聞き流してくれたらいいかなって、いうぐらい、の、気持ち」
「鈴葉」
嵐がヒョイっとベッドから立ち上がって、スタスタと私の目の前まで来て座った。
真剣な眼差しを向けられる。
ドクン、ドクン、と脈打つ鼓動が、思ったよりも激しい。
ああ、今からフラれる。
ぎゅっと手に掴んだままのスマホを握りしめる。
「ごめん」
正座した膝に手をついて、深く頭を下げる嵐。
嵐はいつもそうだった。全然知らない誰かに呼び出されて告白された時も、こうやって頭を下げて、決してその子の気持ちを蔑ろにしない。
スマホを握りしめた手の力が緩んで、ふふ、と少しだけ笑みがこぼれた。
「鈴葉のことは、家族みたいに大切に思ってる。でも、恋愛対象としては見てない」
そう言われたけど、思ったよりも平気みたいで。
「うん知ってる。だからこれからも普通に接してよ。気まずいのはもうゴリゴリ!」
自然と笑えていた。
私、今まで何を悩んでいたんだろう。早くこうすれば良かった。そうしたら、いつまでも引きずって、雫ちゃんにまで嫉妬するなんてこと、なかったかもしれないのに。
「鈴葉、ありがとな。けど俺全然気付いてなかった」
「え、そうなの? どんだけ鈍感なの」
「ごめん」
「いいって。これからまた友達としてよろしくね」
「ああ、よろしく」
「ありがと! じゃあ私そろそろ帰るね」
「おう、気をつけろよ」
真っ直ぐで、優しくて、負けず嫌いで、楽しくて。
そんな嵐が大好きだった。
嵐の両親に挨拶をして玄関を出ると、一つの影が待っていた。
暗闇の中の人影は、暗くて顔が見えないけど、誰かはすぐわかる。
「カズ、待っててくれてありがとう」
「当然」
カズは優しい。
今もこうして、告白できたかどうか気になって仕方がないはずなのに、何も言わずに隣を歩いてくれる。
「私、打ち明けたよ」
ピクッと隣でカズの体が揺れた。
「まぁ想像通り、玉砕したけど」
はは、と笑った私に、え、と立ち止まったカズ。
「……嘘っ!?」
心底驚いた表情のカズに、今度は私が驚いて立ち止まった。
「え、カズ、なに。嵐が私のこと好きとか思ってたの?」
「え、いや、まぁ」
歯切れの悪い声を出して、カズはまた歩き出す。それにつられて私もその隣を歩く。
「嵐は、たぶん他に好きな子いるよ」
そう言った私の言葉に、カズは何も返さなかった。
街灯の明かりがほのかに照らす、静かな夜の道。
嵐の家から徒歩一分もかからない私の家は、もう随分前に通り過ぎている。
私もカズも、どこに向かっているのか言わないけどわかる。
嵐の家から、カズと二人で帰る時、昔から必ず寄る公園。いつも帰るのが名残惜しくて、二人でこっそりそこに寄ってから帰っていた。
昔から変わらない大きな滑り台が、前方に姿を現わす。
夜の公園は少し物寂しい。
迷うことなく、滑り台の横のブランコに腰を下ろす。カズも私の隣のブランコに腰かけた。
ゆらゆらとそれを前後に小さく揺らしながら、フラれたんだなぁ、と真っ暗な空を見上げた。告白をすればフラれることは、百も承知だったから、案外傷は浅くて済んだのかもしれない。
ずっと嵐を見てきたから、わかる。嵐が私を好きじゃないことなんて。嵐の視線の先に誰がいるかなんて。
もうずっと、気づいてた。
見上げた空が、あまりにも暗くて寂しくて、泣いてしまいそうになったから、顔を俯けた。
「鈴葉、」
ギコ、とブランコを立つ音が聞こえて、カズが私の前に立った。
「僕が背中押したせいで……」
言いかけた言葉を止めて、じゃねーよな、と小さく独り言が聞こえる。
「頑張ったな、鈴葉」
私はきっと、その言葉の優しさが嬉しかったんだと思う。
気付いたら目からとめどなく涙が溢れ出ていて、私はゆっくり立ち上がってカズに近寄った。
カズの温かい腕が、背中に回る。
「あり、が、と」
カズに背中を押してもらったから、やっと、この想いにケリをつけられる。カズがいなかったら、私はこの想いをずっと抱えたままだったよ。
「存分、泣いたらいいよ」
優しく子どもをあやすような声で言われて、私はカズの胸の中で声をあげて泣いた。
~鈴葉side end~
