第16章 それぞれの決断
~和仁(カズ) side~
最近、鈴葉と嵐の様子がおかしい。
今もそうだ。部活帰り、いつものように三人で歩いてるけど、鈴葉と嵐は顔すら見合わせない。
「今日の古典面白かったよね〜、先生カズのことずっと間違えて呼んでるんだもん」
「うん、そうだったな」
二年になって、僕と鈴葉は同じクラス。嵐にはわからない話題が出ることは、確かにある。
だけど、最近の鈴葉はそういう話題しか出さない。
なのに、そんな話をしながら斜め前を歩く嵐をチラチラと見ては、様子を伺うように、気にしている。
いい加減むず痒い。
「……ねぇ、二人何かあった?」
聞くと、鈴葉は一瞬気まずそうに顔を歪めて、「何のこと?」と視線を逸らす。
前を歩く嵐も、「何もねーよ」とだけ言って振り向きもしない。
この返答も、もう何度目だろう。
ああ、なんなんだよ、これ。いったい何があったんだよ。
このよくわからない気まずい空気に挟まれる僕の身にもなってほしい。
理由すらはぐらかされて、いつまで続くのかもわからない。
確かに、僕は鈴葉が好きで、恋敵の嵐と鈴葉の関係が悪くなればいいのに、なんて思ったことも正直あった。
でも実際こうなってみると、やっぱり僕の求めているものは違う。
鈴葉が喋るのを、僕と嵐が聞いて、たまに嵐が鈴葉にツッコんで言い合いを始めて、僕が間に入って結局三人で言い合いして、気が付いたらみんな笑ってる。
それが楽しかった。
二人が顔も見合わせないような関係になるぐらいなら、付き合ってくれた方がいい。
このままの空気が続く方が嫌だ。
そう思って、進む足をピタリと止めた。
「鈴葉、嵐、この前行ったカフェ行かない?」
言うと、鈴葉は立ち止まって「え」とこちらを見上げた。
「あーごめん、俺用事あるから」
嵐はそう言ってそのまま振り返らず進んでいく。
用事なんてないの知ってるぞ。そう心の中でツッコミながら、「わかった」とその後ろ姿を見送る。
でもいい。鈴葉だけでも話を聞こう。
「鈴葉、行こう」
「あ……」
僕の考えがなんとなくわかるのか、戸惑った様子の鈴葉を、半ば強引に誘導して、以前訪れたオシャレなカフェに入った。
案内されたテーブルで向かい合わせに座り、二人分の紅茶を頼む。
「えっと……どうしたの?」
鈴葉が、テーブルに広げられたメニュー表の上で視線を彷徨わせている。
「うん、それは僕のセリフかな」
言うと、ハッと鈴葉の顔がこちらに向いた。目が合うと、気まずそうにまた視線を逸らす。
「鈴葉。嵐と何があったの?」
「……何もないよ」
「それ、通用すると思う?」
強めの口調で言うと、鈴葉の視線がこちらに向いて、綺麗な唇がきゅっと固く閉じた。
「理由もわからず、二人の間で気まずい思いしてる僕の身にもなってよ」
敢えて、罪悪感を持たせるようにそう言うと、鈴葉は固く結んだ唇を解いて「そうだよね」と小さく呟いた。
頼んでいた紅茶がちょうど届いて、それを受け取る。スティック型の砂糖をシャーっと紅茶に流し込むと、鈴葉がゆっくりと口を開いた。
「私ね、嵐に怒られたの」
スプーンを紅茶の中で回しながら、鈴葉は続ける。
「私が身勝手な行動してたのを、怒られた」
そう言って、スプーンをカップの外に置いて、ふにゃっと笑った。
“身勝手な行動”の中身には触れないまま、へぇ、とだけ返事する。
「嵐に怒られても、しばらくそれが身勝手な行動だって認められなくて、言い返したりしちゃって」
眉を下げて笑う鈴葉に「そっか」と返して紅茶をすすった。
「その時に、自分の秘密がバレるようなこと言っちゃって……」
「秘密?」
流れで聞いてしまったけど、ハッとする。
まさか、それって。
「それは……」
言い淀む鈴葉の視線が左右に動く。
もう、答えを聞かなくてもわかっていた。きっと、鈴葉が嵐のことを好きな気持ちのことだ。
「大丈夫、言わなくていいよ、ごめん」
止めたのは、鈴葉への優しさなのか、自分が聞きたくなかっただけなのか。
自分の弱さに心の中で自嘲する。
「それで、気まずくなったんだな」
話を続けると、鈴葉が頷き紅茶のカップに手を添えた。
「嵐のあの態度、私にまだ怒ってるからだと思う? それとも、私の秘密に気付いて気まずいからだと思う?」
鈴葉の吐く息が頼りなく空気に消える。カップに添えられた手が、少し震えていた。
無意識にため息が漏れる。
なぁ、二人は両思いだろ。僕なんて片思いだ。
それなのに、二人とも怖がるばかりで、気まずい空気出して、僕がこんな気を遣わなきゃいけないのか。
もう一度息を吐き出す。
「いっそ、その秘密きっぱり打ち明けたら?」
込み上げた言葉を吐き出すと、鈴葉がハッと顔を上げた。え、と戸惑うように視線を動かし始める。
苛立ちのようなものが湧き上がってきた。
「嵐のことが好きなんだろ」
口に出してから、しまった、と思った。
鈴葉の綺麗な瞳が揺れる。頬が桃色に染まっていく。
「それっ、なんで」
恥ずかしそうにカップに視線を落とした鈴葉。
胸の奥がチクっと痛む。
言えば自分が傷付くことぐらいわかっていたのに、どうして言ってしまったんだろう。
鈴葉は真っ赤な顔を手で覆って、うわーと可愛く唸っている。
もう。いいかな。
いつまでも弱くてズルい自分はもう嫌だ。
「告白、したら?」
吐き出した声が震えた。グッと喉の奥に力を入れる。
鈴葉が顔を覆っていた手をゆっくりと下ろす。
「カズ、」
鈴葉の声も震えている。綺麗な瞳が、伏目がちに長い睫毛に覆われている。
「私、怖いの。気持ちを打ち明けて、今の関係が壊れるのが怖い」
鈴葉が、視線の先の紅茶のカップを意味もなく揺すった。カップの中で、紅茶がポチャポチャと音を立てている。
鈴葉の気持ちは、僕にもわかる。
僕が鈴葉に告白できないのは、フラれるのがわかっているからだけじゃない。フラれて、気まずくなって、幼馴染として三人で歩ける今の関係を壊したくないから。
それぐらい僕にとって――きっと鈴葉にとっても、僕達のこの関係は大切。だから。だからこそ。
「僕が思うに、今のままの方が気まずいし関係壊れかけてない?」
カップを揺する鈴葉の手が止まった。
「どうせ気まずくなってるんだから、打ち明けてスッキリしちゃいなよ」
鈴葉がゆっくりと顔を上げる。その瞳は不安そうに揺れていた。
勇気付けようと、優しく微笑んで見せる。
「大丈夫。関係は壊れない。気まずくなったら僕が何とかする」
二人が付き合ったって、僕は二人の幼なじみで友達。故意に離れたりなんてしない。
嵐だって、僕に気まずく接したりしない。あいつはそんなやつじゃない。
な、そうだろ?
「鈴葉、僕と嵐を信じろ」
二人を、応援するよ。
~和仁(カズ)side end~
~和仁(カズ) side~
最近、鈴葉と嵐の様子がおかしい。
今もそうだ。部活帰り、いつものように三人で歩いてるけど、鈴葉と嵐は顔すら見合わせない。
「今日の古典面白かったよね〜、先生カズのことずっと間違えて呼んでるんだもん」
「うん、そうだったな」
二年になって、僕と鈴葉は同じクラス。嵐にはわからない話題が出ることは、確かにある。
だけど、最近の鈴葉はそういう話題しか出さない。
なのに、そんな話をしながら斜め前を歩く嵐をチラチラと見ては、様子を伺うように、気にしている。
いい加減むず痒い。
「……ねぇ、二人何かあった?」
聞くと、鈴葉は一瞬気まずそうに顔を歪めて、「何のこと?」と視線を逸らす。
前を歩く嵐も、「何もねーよ」とだけ言って振り向きもしない。
この返答も、もう何度目だろう。
ああ、なんなんだよ、これ。いったい何があったんだよ。
このよくわからない気まずい空気に挟まれる僕の身にもなってほしい。
理由すらはぐらかされて、いつまで続くのかもわからない。
確かに、僕は鈴葉が好きで、恋敵の嵐と鈴葉の関係が悪くなればいいのに、なんて思ったことも正直あった。
でも実際こうなってみると、やっぱり僕の求めているものは違う。
鈴葉が喋るのを、僕と嵐が聞いて、たまに嵐が鈴葉にツッコんで言い合いを始めて、僕が間に入って結局三人で言い合いして、気が付いたらみんな笑ってる。
それが楽しかった。
二人が顔も見合わせないような関係になるぐらいなら、付き合ってくれた方がいい。
このままの空気が続く方が嫌だ。
そう思って、進む足をピタリと止めた。
「鈴葉、嵐、この前行ったカフェ行かない?」
言うと、鈴葉は立ち止まって「え」とこちらを見上げた。
「あーごめん、俺用事あるから」
嵐はそう言ってそのまま振り返らず進んでいく。
用事なんてないの知ってるぞ。そう心の中でツッコミながら、「わかった」とその後ろ姿を見送る。
でもいい。鈴葉だけでも話を聞こう。
「鈴葉、行こう」
「あ……」
僕の考えがなんとなくわかるのか、戸惑った様子の鈴葉を、半ば強引に誘導して、以前訪れたオシャレなカフェに入った。
案内されたテーブルで向かい合わせに座り、二人分の紅茶を頼む。
「えっと……どうしたの?」
鈴葉が、テーブルに広げられたメニュー表の上で視線を彷徨わせている。
「うん、それは僕のセリフかな」
言うと、ハッと鈴葉の顔がこちらに向いた。目が合うと、気まずそうにまた視線を逸らす。
「鈴葉。嵐と何があったの?」
「……何もないよ」
「それ、通用すると思う?」
強めの口調で言うと、鈴葉の視線がこちらに向いて、綺麗な唇がきゅっと固く閉じた。
「理由もわからず、二人の間で気まずい思いしてる僕の身にもなってよ」
敢えて、罪悪感を持たせるようにそう言うと、鈴葉は固く結んだ唇を解いて「そうだよね」と小さく呟いた。
頼んでいた紅茶がちょうど届いて、それを受け取る。スティック型の砂糖をシャーっと紅茶に流し込むと、鈴葉がゆっくりと口を開いた。
「私ね、嵐に怒られたの」
スプーンを紅茶の中で回しながら、鈴葉は続ける。
「私が身勝手な行動してたのを、怒られた」
そう言って、スプーンをカップの外に置いて、ふにゃっと笑った。
“身勝手な行動”の中身には触れないまま、へぇ、とだけ返事する。
「嵐に怒られても、しばらくそれが身勝手な行動だって認められなくて、言い返したりしちゃって」
眉を下げて笑う鈴葉に「そっか」と返して紅茶をすすった。
「その時に、自分の秘密がバレるようなこと言っちゃって……」
「秘密?」
流れで聞いてしまったけど、ハッとする。
まさか、それって。
「それは……」
言い淀む鈴葉の視線が左右に動く。
もう、答えを聞かなくてもわかっていた。きっと、鈴葉が嵐のことを好きな気持ちのことだ。
「大丈夫、言わなくていいよ、ごめん」
止めたのは、鈴葉への優しさなのか、自分が聞きたくなかっただけなのか。
自分の弱さに心の中で自嘲する。
「それで、気まずくなったんだな」
話を続けると、鈴葉が頷き紅茶のカップに手を添えた。
「嵐のあの態度、私にまだ怒ってるからだと思う? それとも、私の秘密に気付いて気まずいからだと思う?」
鈴葉の吐く息が頼りなく空気に消える。カップに添えられた手が、少し震えていた。
無意識にため息が漏れる。
なぁ、二人は両思いだろ。僕なんて片思いだ。
それなのに、二人とも怖がるばかりで、気まずい空気出して、僕がこんな気を遣わなきゃいけないのか。
もう一度息を吐き出す。
「いっそ、その秘密きっぱり打ち明けたら?」
込み上げた言葉を吐き出すと、鈴葉がハッと顔を上げた。え、と戸惑うように視線を動かし始める。
苛立ちのようなものが湧き上がってきた。
「嵐のことが好きなんだろ」
口に出してから、しまった、と思った。
鈴葉の綺麗な瞳が揺れる。頬が桃色に染まっていく。
「それっ、なんで」
恥ずかしそうにカップに視線を落とした鈴葉。
胸の奥がチクっと痛む。
言えば自分が傷付くことぐらいわかっていたのに、どうして言ってしまったんだろう。
鈴葉は真っ赤な顔を手で覆って、うわーと可愛く唸っている。
もう。いいかな。
いつまでも弱くてズルい自分はもう嫌だ。
「告白、したら?」
吐き出した声が震えた。グッと喉の奥に力を入れる。
鈴葉が顔を覆っていた手をゆっくりと下ろす。
「カズ、」
鈴葉の声も震えている。綺麗な瞳が、伏目がちに長い睫毛に覆われている。
「私、怖いの。気持ちを打ち明けて、今の関係が壊れるのが怖い」
鈴葉が、視線の先の紅茶のカップを意味もなく揺すった。カップの中で、紅茶がポチャポチャと音を立てている。
鈴葉の気持ちは、僕にもわかる。
僕が鈴葉に告白できないのは、フラれるのがわかっているからだけじゃない。フラれて、気まずくなって、幼馴染として三人で歩ける今の関係を壊したくないから。
それぐらい僕にとって――きっと鈴葉にとっても、僕達のこの関係は大切。だから。だからこそ。
「僕が思うに、今のままの方が気まずいし関係壊れかけてない?」
カップを揺する鈴葉の手が止まった。
「どうせ気まずくなってるんだから、打ち明けてスッキリしちゃいなよ」
鈴葉がゆっくりと顔を上げる。その瞳は不安そうに揺れていた。
勇気付けようと、優しく微笑んで見せる。
「大丈夫。関係は壊れない。気まずくなったら僕が何とかする」
二人が付き合ったって、僕は二人の幼なじみで友達。故意に離れたりなんてしない。
嵐だって、僕に気まずく接したりしない。あいつはそんなやつじゃない。
な、そうだろ?
「鈴葉、僕と嵐を信じろ」
二人を、応援するよ。
~和仁(カズ)side end~
