「ん、え?」
颯見くんが、机に伏せた顔を少しだけ持ち上げた。
その視線が、シャツを掴んだ私の手に移る。
そのあと、私に視線を移しながらゆっくり体を起こす颯見くんに、何か言われてしまいそうな気がして、慌てて声を吐き出した。
「あのっ」
喉から弾き出された声は、思った以上に大きく反響した。
完全に私に向いた颯見くんの目が、一瞬大きく開く。
「怖く、なかった」
掴んだシャツを振り払われそうな気がして、ぎゅっと指先に力を入れた。
「嬉しい、と、思ったよ」
そう告げた直後、シン、とぎこちない静寂が教室を包んだ。
颯見くんが二重の目を見開いて、何も言わずに私を見る。
カチ、カチ、と時計が針を一秒動かすごとに、飛躍した気持ちに冷静さが戻っていく。
自分の発言を、客観的に見る自分が、警告を鳴らした。
私、今、すごいことを言ってしまった。
急に嫌な汗が手に滲んで、シャツを掴んでいた指を離した。
自惚れた発言。私、今、すごく、変なことを言った。
こみ上げる恥ずかしさに耐えきれなくなって、顔をうつ向ける。
颯見くん、きっと今困ってるよね。こんな自惚れた厚かましいことを言われて。
颯見くんがどんな表情をしているのか、怖くて見れない。
俯いたままの私の視界に映る颯見くんの腕が、カサ、と音を立てて動いた。
「……よかった」
降ってきた声が、なんだか独り言みたいに、吐息混じりに聞こえて、そっと視線を上げた。
視界に映ったのは、片手を髪にクシャッと当てて、整った顔が半分隠れた颯見くん。
私の発言、嫌じゃなかったのかな。あまり深く考えてないだけかな。
颯見くんの表情が読み取れない。
髪から片手を外して、見えるようになった、その伏せ目がちな綺麗な目を、吸い寄せられるように見つめた。
長い睫毛。透き通った薄茶の瞳。
それがゆっくりと焦点を動かす。
吸い込まれるように見つめていた私と、その綺麗な瞳の見る先が、ぱっちり合わさった。
トクン、と脈が動きを変えて、心臓が跳ねる。
目のそらせどきがわからなくなって、脈が加速していく。
「っ、」
颯見くんが音にならない声を出して、繋がっていた視線をスッと振り払い、視線をプリントに落とした。
「……プリント、教えて」
そう言って、こちらを見ないままシャーペンを掴む颯見くん。
「……うん」
たった一瞬のその颯見くんの仕草が、彼の気持ちを代弁しているようだった。
困惑、させてる。
「えっと、この問題は―――」
いやに響く鼓動の音に知らないフリをして、問題の解き方を説明する。
「これとこれが同じだから、こうなって――」
プリントの上でシャーペンを滑らせ、数字を書いて説明しながら、思考が考えたくないものに支配されていく。
私は、もしかしたら自惚れていたのかもしれない。
颯見くんの特別な感情は鈴葉ちゃんに向けられていると言葉では並べながら、心のどこかで、それは私に向いているかもしれないと、期待していたんだ。
保健室へ連れて行ってくれた時も、今のこの二人きりの補習も。
優しい颯見くんには何でもない当たり前のことだったのに、いちいち反応して期待して、自惚れて。
髪を触られて、嬉しかった、なんて、恥ずかしくて火を噴きそうになるぐらい、勘違いな発言。
「すげーわかりやすい。ありがと!」
そう言ってクシャッと笑ったその笑顔も、きっと鈴葉ちゃんにはもう何回も見せているもの。
特別なことは、何もない。
颯見くんが、机に伏せた顔を少しだけ持ち上げた。
その視線が、シャツを掴んだ私の手に移る。
そのあと、私に視線を移しながらゆっくり体を起こす颯見くんに、何か言われてしまいそうな気がして、慌てて声を吐き出した。
「あのっ」
喉から弾き出された声は、思った以上に大きく反響した。
完全に私に向いた颯見くんの目が、一瞬大きく開く。
「怖く、なかった」
掴んだシャツを振り払われそうな気がして、ぎゅっと指先に力を入れた。
「嬉しい、と、思ったよ」
そう告げた直後、シン、とぎこちない静寂が教室を包んだ。
颯見くんが二重の目を見開いて、何も言わずに私を見る。
カチ、カチ、と時計が針を一秒動かすごとに、飛躍した気持ちに冷静さが戻っていく。
自分の発言を、客観的に見る自分が、警告を鳴らした。
私、今、すごいことを言ってしまった。
急に嫌な汗が手に滲んで、シャツを掴んでいた指を離した。
自惚れた発言。私、今、すごく、変なことを言った。
こみ上げる恥ずかしさに耐えきれなくなって、顔をうつ向ける。
颯見くん、きっと今困ってるよね。こんな自惚れた厚かましいことを言われて。
颯見くんがどんな表情をしているのか、怖くて見れない。
俯いたままの私の視界に映る颯見くんの腕が、カサ、と音を立てて動いた。
「……よかった」
降ってきた声が、なんだか独り言みたいに、吐息混じりに聞こえて、そっと視線を上げた。
視界に映ったのは、片手を髪にクシャッと当てて、整った顔が半分隠れた颯見くん。
私の発言、嫌じゃなかったのかな。あまり深く考えてないだけかな。
颯見くんの表情が読み取れない。
髪から片手を外して、見えるようになった、その伏せ目がちな綺麗な目を、吸い寄せられるように見つめた。
長い睫毛。透き通った薄茶の瞳。
それがゆっくりと焦点を動かす。
吸い込まれるように見つめていた私と、その綺麗な瞳の見る先が、ぱっちり合わさった。
トクン、と脈が動きを変えて、心臓が跳ねる。
目のそらせどきがわからなくなって、脈が加速していく。
「っ、」
颯見くんが音にならない声を出して、繋がっていた視線をスッと振り払い、視線をプリントに落とした。
「……プリント、教えて」
そう言って、こちらを見ないままシャーペンを掴む颯見くん。
「……うん」
たった一瞬のその颯見くんの仕草が、彼の気持ちを代弁しているようだった。
困惑、させてる。
「えっと、この問題は―――」
いやに響く鼓動の音に知らないフリをして、問題の解き方を説明する。
「これとこれが同じだから、こうなって――」
プリントの上でシャーペンを滑らせ、数字を書いて説明しながら、思考が考えたくないものに支配されていく。
私は、もしかしたら自惚れていたのかもしれない。
颯見くんの特別な感情は鈴葉ちゃんに向けられていると言葉では並べながら、心のどこかで、それは私に向いているかもしれないと、期待していたんだ。
保健室へ連れて行ってくれた時も、今のこの二人きりの補習も。
優しい颯見くんには何でもない当たり前のことだったのに、いちいち反応して期待して、自惚れて。
髪を触られて、嬉しかった、なんて、恥ずかしくて火を噴きそうになるぐらい、勘違いな発言。
「すげーわかりやすい。ありがと!」
そう言ってクシャッと笑ったその笑顔も、きっと鈴葉ちゃんにはもう何回も見せているもの。
特別なことは、何もない。
