集合場所の駅前には思ったよりも早く着いた。
そこにいたのは、大西さん達とその他に名前を知らないクラスメイトが五人。倖子ちゃんはまだ居なかった。
「あれ? 真内くんと一緒に来たの?」
大西さんが、私と真内くんの顔を交互に見て、不思議そうに首をかしげた。
その問いかけに頷くと、大西さんは佐藤さんや笹野さんと顔を見合わせる。
あれ。今おかしな反応しちゃったかな。
不安になって、三人を見つめていると、大西さんがこちらを向いてニヤリと笑った。
「哀咲さん、今度、語ろうね!」
とても楽しそうに言う大西さんに、なんだか分からないけど頷く。
だけど、語るって何を語るんだろう。
「雫、お待たせー」
倖子ちゃんが、くるくると髪を弄りながらやってきた。
その後も、一人、また一人と、クラスメイトが集合場所に集まってくる。
「颯見以外全員揃ったな! あいつ遅れるらしいから先行こうぜー!」
「言い出しっぺ遅刻かよー!」
どわっとクラスメイトに笑いが起こって、カラオケに移動になった。
ぞろぞろ歩くクラスメイト達に続いて、カラオケの店内へ入っていく。
用意された部屋は、倖子ちゃんと行った時の部屋とは違って、クラス全員入れるような大部屋だった。
壁に沿って置かれた長いソファーにみんなが腰かけていく。
倖子ちゃんの隣に座ると、反対側の隣に、大西さん、笹野さん、佐藤さん、が座っていった。
「じゃあ、二年九組クラス会開催しまーす!」
「若干一名遅刻だけどな!」
その声にみんながどわっと笑う。
「誰から歌うー?」
「やっぱ最初は男子でしょ」
「え、じゃあ俺いこうかな!」
「よ! さすが吉田!」
広い部屋に賑やかな声が充満する。
トップバッターの吉田くんの歌が始まり、みんなが手拍子をしながら、笑ったり歓声をあげたり。
ふざける吉田くんに、隣にいる大西さん達も大声で笑っていて、倖子ちゃんもブッと吹き出したりして、とても楽しい。
だけどつい、ドアに視線が向いてしまう。颯見くんはまだ来ない。
吉田くんの歌が終わり、次々と順番にみんなが歌っていく。
吉田くんのようにふざけて歌う人もいれば、まるで本物の歌手のように上手く歌う人や、可愛く踊りながら歌う人もいる。
今歌っている女子は、しっとりしたバラードを目を閉じて心を込めながら歌っていて、しんみりとその声に聴き入っていた。
彼女が歌い終わると、大きな拍手が起こる。
「佐々木さん、歌上手いねー!」
「ふふ、ありがとう」
「次誰に歌ってもらうー?」
「うーんそうだなー」
ぐるりとクラスメイトの顔を見渡した彼女の視線が、私で止まった。
「じゃあ次、お願いします!」
手に持ったマイクをスッと差し出される。
え、と声が漏れたけれど、それを拒否することはできなくて、ゆっくりマイクを受け取った。
それを手に持った瞬間に、どっと緊張が押し寄せる。
「雫……」
倖子ちゃんの心配する声が耳に入った。
「えーっと、何歌う?」
マイクを渡してくれた女子が、タッチパネルを見せながら尋ねてくれる。
何か、言わなきゃ。
そう思うのに、鼓動が大きくなるばかりで、言葉が出ない。
マイクを持つ手に汗が滲む。
大丈夫。大丈夫。お願いだから落ち着いて。歌う曲を答えるだけ。この前倖子ちゃんとカラオケに行ったときに歌った曲を言えばいい。だから落ち着いて。
自分に言い聞かせるけど、どんどん鼓動は主張を増して、体が震えてくる。
何も言葉を発さない私に、みんなの視線が刺さる。
「すげー悩むじゃん」
クラスメイトの男子に笑いながら言われて、ぎゅっとマイクを握り締めた。
早く、言わなきゃ。
「あのさ、」
震える手に、倖子ちゃんの手が重なった。
「この子、歌うの超苦手なんだよね」
倖子ちゃんの手に私の手がマイクごと包み込まれる。
「だから、あたしとこの子、二人で歌わせてよ」
そう言い放った倖子ちゃんに視線を向けると、ニコッと返された。
「あ、そうなんだ」
「だから渋ってたの?」
「えーじゃあ私も誰かと一緒がいい」
刺さっていた視線に解放されていく。
それと共に、ドクドクと暴れていた鼓動も鎮まっていく。
倖子ちゃんに助けてもらってしまった。
「二人は何歌うのー?」
「んーとね、あ、これこれ!」
倖子ちゃんのおかげで事なきを得た。
もし倖子ちゃんがいなかったら、こんな展開にはならなかった。
友達ってありがたい。すごくすごく、ありがたい。
だけど。
「はーい、曲始まりまーす!」
「がんばれよー!」
本当に、これで、よかった?
流れるイントロが歌詞の始まりに差し掛かろうとした、その時。
ガチャ、と部屋のドアが開いた。
「あ! やっと来たか、颯見!」
「言い出しっぺの遅刻野郎!」
一斉に男子に声をかけられ、ごめんごめん、と笑いながら部屋に入ってくる。
「颯見ー! 遅いよー!」
「もうあたしらだけで盛り上がっちゃってるしー」
バックコーラスだけで進んでいく曲なんて聞こえなくなるくらい、空気が一段と賑やかになった。
「ごめんな。急に家の用事手伝わされちゃってさ」
颯見くんが、いる。すぐそこにいる。
それだけで気持ちが高揚している自分に気づいて、少し恥ずかしくなる。
「で、今曲流れてるけど、これ誰が歌うやつ?」
「あー、あの子らだよ」
そうして指差された先を颯見くんの視線がたどって、バチッと目が合った。
ドクンと心臓が鳴る。
颯見くんの瞳が揺れて、次の瞬間、クシャッと笑った。
「そっか、頑張れ!」
トン、と胸の中で何かが音を立てた。
心に春風が吹く。
その言葉に押されて、マイクを倖子ちゃんからゆっくり奪った。
「雫?」
私は、このクラスの人たちと、仲良くなりたい。クラスの輪のなかに、入りたい。
ムカデ競争の時と同じ。私が頑張らなきゃ、それは叶えられない。
ドクン、ドクン、と鼓動が耳に響く。片手を胸に当てて、一度、目をぎゅっと閉じた。
すぅっと息を吐く。目を見開いて、大きく息を吸った。
「あのっ」
マイクを通って、裏返った自分の声が部屋に反響する。
賑やかだった声が止んで、クラスメイト全員の視線が集まる。
マイクの震えを止めようと、必死に手に力を込めた。
「わ、私、哀咲雫、です。クラスの、一員になれる、ように、頑張りますっ」
言い切っても、マイクの震えが止まらない。
それを止めようと更に力を込めた手に、倖子ちゃんの手が覆い被さった。
そのままマイクをスッと抜き取られて、あ、と声が漏れた。力の入れ場を失った手が、ジンジンと脈を刻む。
奪い取ったマイクを持って、倖子ちゃんが口を開いた。
「雫は、喋るの極度に緊張して苦手なんだよ。だから、」
フォローしてくれている。そう思ったら、次の瞬間、倖子ちゃんの視線が私に向いた。
「頑張ったね」
優しい笑顔を向けられて、次第に動悸の音が止んでいく。
「そうなんだー!」
「歌が苦手ってか喋るのが苦手だったんだな」
「よろしくね、哀咲さん!」
みんなから注目を浴びているけれど、さっきまでの視線とは違う。穏やかで温かい。
倖子ちゃんのおかげだなぁと思う。それから、私が喋る勇気をくれた、颯見くんのおかげ。
そっと颯見くんに視線を向ける。また、バチッと目が合った。
おさまりかけていた鼓動が、トクン、と、さっきとは違う動きを始める。
「やったね」
クシャッと笑ったその顔に、鼓動の音が増す。
「おい颯見ー! 飲み物何頼むー?」
「お? んじゃあコーラ!」
繋がっていた視線が解かれて、颯見くんは男子の中に入っていった。
まだ、鼓動がうるさい。
「雫、あたしちょっとトイレ行ってくるわ」
「あ、うん」
倖子ちゃんが出て行って、空いた隣のスペースの向こう側にいた女子が、スッと寄ってきた。
「ねーねー、哀咲さんって一年のとき何組?」
「じ、十二組、です」
「へー! じゃ担任は堅物の派部先生だったんだー」
あはは、とその子が笑う。
私、今、このクラスに馴染んでいってるのかな。ずっと憧れていたことが、また、叶ったのかな。
すごく、嬉しい。
そこにいたのは、大西さん達とその他に名前を知らないクラスメイトが五人。倖子ちゃんはまだ居なかった。
「あれ? 真内くんと一緒に来たの?」
大西さんが、私と真内くんの顔を交互に見て、不思議そうに首をかしげた。
その問いかけに頷くと、大西さんは佐藤さんや笹野さんと顔を見合わせる。
あれ。今おかしな反応しちゃったかな。
不安になって、三人を見つめていると、大西さんがこちらを向いてニヤリと笑った。
「哀咲さん、今度、語ろうね!」
とても楽しそうに言う大西さんに、なんだか分からないけど頷く。
だけど、語るって何を語るんだろう。
「雫、お待たせー」
倖子ちゃんが、くるくると髪を弄りながらやってきた。
その後も、一人、また一人と、クラスメイトが集合場所に集まってくる。
「颯見以外全員揃ったな! あいつ遅れるらしいから先行こうぜー!」
「言い出しっぺ遅刻かよー!」
どわっとクラスメイトに笑いが起こって、カラオケに移動になった。
ぞろぞろ歩くクラスメイト達に続いて、カラオケの店内へ入っていく。
用意された部屋は、倖子ちゃんと行った時の部屋とは違って、クラス全員入れるような大部屋だった。
壁に沿って置かれた長いソファーにみんなが腰かけていく。
倖子ちゃんの隣に座ると、反対側の隣に、大西さん、笹野さん、佐藤さん、が座っていった。
「じゃあ、二年九組クラス会開催しまーす!」
「若干一名遅刻だけどな!」
その声にみんながどわっと笑う。
「誰から歌うー?」
「やっぱ最初は男子でしょ」
「え、じゃあ俺いこうかな!」
「よ! さすが吉田!」
広い部屋に賑やかな声が充満する。
トップバッターの吉田くんの歌が始まり、みんなが手拍子をしながら、笑ったり歓声をあげたり。
ふざける吉田くんに、隣にいる大西さん達も大声で笑っていて、倖子ちゃんもブッと吹き出したりして、とても楽しい。
だけどつい、ドアに視線が向いてしまう。颯見くんはまだ来ない。
吉田くんの歌が終わり、次々と順番にみんなが歌っていく。
吉田くんのようにふざけて歌う人もいれば、まるで本物の歌手のように上手く歌う人や、可愛く踊りながら歌う人もいる。
今歌っている女子は、しっとりしたバラードを目を閉じて心を込めながら歌っていて、しんみりとその声に聴き入っていた。
彼女が歌い終わると、大きな拍手が起こる。
「佐々木さん、歌上手いねー!」
「ふふ、ありがとう」
「次誰に歌ってもらうー?」
「うーんそうだなー」
ぐるりとクラスメイトの顔を見渡した彼女の視線が、私で止まった。
「じゃあ次、お願いします!」
手に持ったマイクをスッと差し出される。
え、と声が漏れたけれど、それを拒否することはできなくて、ゆっくりマイクを受け取った。
それを手に持った瞬間に、どっと緊張が押し寄せる。
「雫……」
倖子ちゃんの心配する声が耳に入った。
「えーっと、何歌う?」
マイクを渡してくれた女子が、タッチパネルを見せながら尋ねてくれる。
何か、言わなきゃ。
そう思うのに、鼓動が大きくなるばかりで、言葉が出ない。
マイクを持つ手に汗が滲む。
大丈夫。大丈夫。お願いだから落ち着いて。歌う曲を答えるだけ。この前倖子ちゃんとカラオケに行ったときに歌った曲を言えばいい。だから落ち着いて。
自分に言い聞かせるけど、どんどん鼓動は主張を増して、体が震えてくる。
何も言葉を発さない私に、みんなの視線が刺さる。
「すげー悩むじゃん」
クラスメイトの男子に笑いながら言われて、ぎゅっとマイクを握り締めた。
早く、言わなきゃ。
「あのさ、」
震える手に、倖子ちゃんの手が重なった。
「この子、歌うの超苦手なんだよね」
倖子ちゃんの手に私の手がマイクごと包み込まれる。
「だから、あたしとこの子、二人で歌わせてよ」
そう言い放った倖子ちゃんに視線を向けると、ニコッと返された。
「あ、そうなんだ」
「だから渋ってたの?」
「えーじゃあ私も誰かと一緒がいい」
刺さっていた視線に解放されていく。
それと共に、ドクドクと暴れていた鼓動も鎮まっていく。
倖子ちゃんに助けてもらってしまった。
「二人は何歌うのー?」
「んーとね、あ、これこれ!」
倖子ちゃんのおかげで事なきを得た。
もし倖子ちゃんがいなかったら、こんな展開にはならなかった。
友達ってありがたい。すごくすごく、ありがたい。
だけど。
「はーい、曲始まりまーす!」
「がんばれよー!」
本当に、これで、よかった?
流れるイントロが歌詞の始まりに差し掛かろうとした、その時。
ガチャ、と部屋のドアが開いた。
「あ! やっと来たか、颯見!」
「言い出しっぺの遅刻野郎!」
一斉に男子に声をかけられ、ごめんごめん、と笑いながら部屋に入ってくる。
「颯見ー! 遅いよー!」
「もうあたしらだけで盛り上がっちゃってるしー」
バックコーラスだけで進んでいく曲なんて聞こえなくなるくらい、空気が一段と賑やかになった。
「ごめんな。急に家の用事手伝わされちゃってさ」
颯見くんが、いる。すぐそこにいる。
それだけで気持ちが高揚している自分に気づいて、少し恥ずかしくなる。
「で、今曲流れてるけど、これ誰が歌うやつ?」
「あー、あの子らだよ」
そうして指差された先を颯見くんの視線がたどって、バチッと目が合った。
ドクンと心臓が鳴る。
颯見くんの瞳が揺れて、次の瞬間、クシャッと笑った。
「そっか、頑張れ!」
トン、と胸の中で何かが音を立てた。
心に春風が吹く。
その言葉に押されて、マイクを倖子ちゃんからゆっくり奪った。
「雫?」
私は、このクラスの人たちと、仲良くなりたい。クラスの輪のなかに、入りたい。
ムカデ競争の時と同じ。私が頑張らなきゃ、それは叶えられない。
ドクン、ドクン、と鼓動が耳に響く。片手を胸に当てて、一度、目をぎゅっと閉じた。
すぅっと息を吐く。目を見開いて、大きく息を吸った。
「あのっ」
マイクを通って、裏返った自分の声が部屋に反響する。
賑やかだった声が止んで、クラスメイト全員の視線が集まる。
マイクの震えを止めようと、必死に手に力を込めた。
「わ、私、哀咲雫、です。クラスの、一員になれる、ように、頑張りますっ」
言い切っても、マイクの震えが止まらない。
それを止めようと更に力を込めた手に、倖子ちゃんの手が覆い被さった。
そのままマイクをスッと抜き取られて、あ、と声が漏れた。力の入れ場を失った手が、ジンジンと脈を刻む。
奪い取ったマイクを持って、倖子ちゃんが口を開いた。
「雫は、喋るの極度に緊張して苦手なんだよ。だから、」
フォローしてくれている。そう思ったら、次の瞬間、倖子ちゃんの視線が私に向いた。
「頑張ったね」
優しい笑顔を向けられて、次第に動悸の音が止んでいく。
「そうなんだー!」
「歌が苦手ってか喋るのが苦手だったんだな」
「よろしくね、哀咲さん!」
みんなから注目を浴びているけれど、さっきまでの視線とは違う。穏やかで温かい。
倖子ちゃんのおかげだなぁと思う。それから、私が喋る勇気をくれた、颯見くんのおかげ。
そっと颯見くんに視線を向ける。また、バチッと目が合った。
おさまりかけていた鼓動が、トクン、と、さっきとは違う動きを始める。
「やったね」
クシャッと笑ったその顔に、鼓動の音が増す。
「おい颯見ー! 飲み物何頼むー?」
「お? んじゃあコーラ!」
繋がっていた視線が解かれて、颯見くんは男子の中に入っていった。
まだ、鼓動がうるさい。
「雫、あたしちょっとトイレ行ってくるわ」
「あ、うん」
倖子ちゃんが出て行って、空いた隣のスペースの向こう側にいた女子が、スッと寄ってきた。
「ねーねー、哀咲さんって一年のとき何組?」
「じ、十二組、です」
「へー! じゃ担任は堅物の派部先生だったんだー」
あはは、とその子が笑う。
私、今、このクラスに馴染んでいってるのかな。ずっと憧れていたことが、また、叶ったのかな。
すごく、嬉しい。
