◆◇◆◇

 体育館での始業式も終わり、教室でホームルームが始まった。
 私は一番前の窓際の席で、真内くんの隣。

「じゃあ、春休みの課題集めるぞー」

 担任になった太吉先生が号令をかけると、えー、と教室が沸いた。

「前の机に置いて行けー」

 ガタガタっとみんなが立ち上がって、前に課題を置いていく。
 私も鞄から課題を取り出し、立ち上がった。
 
 春休み、倖子ちゃんと一緒にやった課題。
 わからないところを教え合ったり、疲れたら休憩して喋ったり、出来上がったら一緒に達成感を味わったり。
 一人では大変なだけだった課題が、倖子ちゃんと一緒だと、とても楽しかった。

 重ねられていくみんなの課題の上に、そっとそれを置く。
 私にとって、思い出がいっぱい詰まった、課題。

「はーい、みんなこっち注目!」

 一人の男子の声に、ガヤガヤ賑わっていた声が静まった。
 まだ名前も知らない一人の男子が、楽しそうに手を挙げみんなの視線を集める。

「颯見と話してたんだけど、今日の放課後、クラスでカラオケ行くってどう?」

 その声に、どわっと歓声が沸いた。

「賛成!」
「行きたい!」
「俺も賛成!」
「どうせなら全員強制参加がいいよな!」
「やろーやろー!」

 口々に声が飛び交う。
 手を挙げてる男子が「はいはーい」ともう一度注目を集めた。
 
「じゃあ、用事がある人は仕方ないけど、できるだけ全員参加な!」

 いえーい、とクラスに歓声が沸き立った。みんながすごく楽しそうにはしゃいでいる。

 クラスでカラオケ、私も行きたいな。全員参加ってことは、私も行っていいのかな。

「いいけどお前ら制服のまま行くんじゃねーぞー」

 太吉先生の声に、はーい、とみんなが返事する。

「じゃあみんな五時に駅前集合な! あ、一応言い出しっぺは颯見でーす!」

 そう言った男子が、ペチッと颯見くんの肩を叩いた。痛ぇーよ、なんて言い返しながら、颯見くんが笑っている。
 クラスが賑やかさに包まれて、楽しい。

 やっぱり颯見くんはすごい。今日集まったばかりで、初対面の人もたくさんいる、この新しいクラスを、もう一つにまとめてしまった。

「雫も行くよね?」

 いつの間にか私の隣に立っていた倖子ちゃんに訊かれて、頷いた。


 
 そうして賑やかにホームルームは終わり。放課後。
 
 家で着替えて玄関を出ると、私服に着替えた真内くんが立っていた。
 シンプルな格好なのに、スタイルの良さが制服よりも際立つ。 

「……行くぞ」

 頷いて隣を歩くと、やっぱり歩調を合わせてくれる。

 そっか。登下校だけじゃなくて、こういう時でも、私の体に何か異変があったらすぐ対応できるように、そばにいてくれるんだ。
 思えば、練習試合のときも、一緒に行ってくれたもんなぁ。

 いつもお礼を言えていないけれど、ちゃんと言わないといけないな。
 特に真内くんには、バレンタインの日のことも、ちゃんとお礼を言いたい。

 無言の空間に、二人の足音だけが響く。

 言うなら。お礼を言うなら、今なんじゃ、ないかな。
 そう思うと、ドクドクと脈が主張を増す。
 それを抑えようと、胸に手を当てた。

 駄目。ちゃんと、お礼、言いたい。
 そう思うのに、心臓の音はどんどん耳に大きく響いてくる。
 歩みを進める足が、フワフワと感覚を失っていく。

「トリュフ、」

 低い声が、耳に届いた。
 驚いて顔を見上げると、真内くんはいつもの無表情。

「うまかった」

 そう言い放った真内くんの顔は、やっぱり表情が変わらない。
 まだ主張がおさまらない鼓動を感じながら、すぅっと息を吸った。

「あ、のっ……」

 胸を押さえる手に力が入る。
 
「あり、がと、ござい、ます」

 やっと声にできたお礼は歯切れが悪くて、ちゃんと伝わったか不安になる。

 見ると、表情の変わらなかった真内くんの目が少し見開いて、すぐに元に戻った。

「ああ」
 
 返された声がいつもより穏やかな気がして、安堵した。

 それ以降、私も真内くんも言葉を発することはなく、ただ無言で目的地へ向かった。