第11章 新しいクラス


 春休みが終わり、私たちは高校二年生になった。
 爽やかな春風が、桜とともに舞う。

「クラス替え緊張するねー! イケメンいるかなぁ」

「歌奈はいっつもそれだよな」

 春休み前と変わらず、科学研究部の人達と登校する朝。
 校舎までたどり着くと、靴箱前に張り出されたクラス分けの紙に人集りができていた。

「きゃー、ドキドキするー!」

 吉澄さんが、楽しそうにそれに駆け寄っていく。

 あの紙にはもう、私がどのクラスかも、誰と同じクラスかも、全部書かれているんだ。
 そう思うと、妙に胸が高鳴る。

 倖子ちゃんと同じクラスだといいな。
 そう思いながら、紙に近寄った。

「雫!」

 人集りの中にいた一人の人物ーー倖子ちゃんが、私に気付いて手招きをする。

「あたしと雫、同じクラスだよ。二年九組だって」

 言われて、高揚する胸を押さえながら、貼られた紙の二年九組の欄を見る。
 一番上に私の名前。そこから一人ずつ下へ、名前を確かめていく。
 数人下に書いてある名前に、ふと目が止まった。

 “颯見嵐”

 ドクンと心臓が揺れた。
 颯見くんも、同じクラスなんだ。 
 そのまた数人下に、倖子ちゃんの名前を見つける。

「颯見も同じクラスだね」

 耳元に響いた倖子ちゃんの小声に、なんだか恥ずかしくなる。どんな表情でいたらいいのかわからなくて、俯きがちに頷いた。

 教室に入ると、大西さん、笹野さん、佐藤さんが、駆け寄ってきた。

「寺泉、哀咲さん、また同じクラスだね!」

「またよろしくね!」

「よろしく!」

 嬉しそうにはしゃぐ三人。
 こんな風に、同じクラスで喜ばれることなんて、今まで一度もなかったのに。 
 また一つ。ずっと夢見ていたことが、現実になった。

「よ、よろしくね」

 言い終えてふっと息を吐く。

「あれ、あいつ、科学研究部の?」

 倖子ちゃんに言われて視線の先をたどると、窓際からニ列目の一番前の席で本を広げる真内くんの姿。

「あ、真内くんカッコいいよね!」
 
「真内くんと同じクラスだなんてラッキー!」

「んー、あたしはタイプじゃないかな」

 大西さん達が楽しそうに会話する。

 真内くんには、バレンタインにあんなに助けてもらったのに、まだちゃんとお礼が言えていない。
 部活や登下校では毎日会うけれど、吉澄さん達の前で、その話をしていいのか迷っていた。

 ううん、そうではなくて、ただ単に、緊張してお礼が言えていないだけなんだと思う。ちゃんと、お礼言わなくちゃ。

「雫、席見に行こ」

 そう言って黒板を見に行く倖子ちゃんの後ろを、小走りでついていく。

 黒板に小さく書かれた席順に目を通そうとしたその時、ガラッと教室のドアが開いた。

 反射的にドアに視線を向けて、あ、と声が漏れる。数人の男子に囲まれた、颯見くんが、いた。

 ドクン、ドクン、と、心臓が音を立てる。
 笑いながら男子と話していた颯見くんの視線が、すぅっと私に向いた。

 繋がった視線。
 どうしたらいいかわからなくてただ突っ立っている私に、颯見くんが一歩一歩近づいてきた。
 近付く距離に心臓が耐えられなくなって、思わず顔を俯ける。

「哀咲、」

 颯見くんの足が、私の前で止まった。

「同じクラス。よろしくな」

 優しく落ちてきた声に、ゆっくりと顔を上げると、クシャッと笑った颯見くんの顔が目に入った。
 トン、と胸の中で音が鳴る。

「よ、よろしく、お願い、します」
 
「おう!」

 春風が、吹く。

「あ、席順、俺にも見せて」

 あんなに戒めていたはずなのに、春休みの間に忘れちゃったのかな。

 私が抱いたこの感情は、叶うはずないって、あんなに思い知ったはずなのに。