~倖子side ~

「あーもう、春休み短いんだから、こんなに課題出さないでよねー」

 目の前にある課題に飽き飽きして、机に突っ伏した。
 すると、隣からクスッと笑う雫の声。

 あたしと雫は、課題を終わらせるために、雫の部屋で勉強している。
 山のようにある課題は飽き飽きだけど、雫といる時間は楽しい。

「あ、お茶と、お菓子、入れてくるね」

「うん、ありがと」

 空になったコップとお盆を持って部屋を出て行く雫の背中を見ながら、初めの頃に比べて随分と自然に話してくれるようになったなぁ、なんて少し顔が綻んだ。

 一人になった部屋で、腕を延ばしてノビをする。

 雫の部屋は、整理整頓が行き届いていて、可愛い小さな動物の置物がバランスよく置かれている。
 窓際の棚の上に置かれた小さな鉢植えの植物は、きっと枯らされることはないんだろうな。
 雫らしい部屋。

 これがもしアイツの部屋だったら、あの植物はすぐに枯らされて、枯れたことも気付かれないまま、どこか部屋の隅に転がってるんだろう。
 そんな整理整頓の行き届かない部屋で、ゴロゴロしながら漫画読んで、たまに一緒に課題頑張って、ふとした拍子に触れ合うと、すごくドキドキした。
 アイツの人懐っこい笑顔か脳裏に浮かんできて、ハッと息を呑んだ。

 あたし、何考えてるんだろ。もうアイツとは、とっくの昔に別れてるのに。今は、ちゃんと新しい彼氏がいるのに。
 今の彼氏のことなんか脳裏をよぎることもないのに、アイツのことはたまにこうやって思い出す。

“ごめん、別れてほしい。好きな人ができたんだ”

“誰?”

“中雅鈴葉ちゃんって子で――”

 あの時の記憶が、頭の中で残酷に響く。
 高校に入って数日経った時の話。

 当時は、中雅鈴葉が誰かなんて知らなくて、別れるために架空の人物を作ったんじゃないかと思ってた。

 だって中二の春から付き合いだして、もう二年ぐらい一緒にいたのに、高校に入ってあたしの知らないどこかで出会ったポッと出の女に気持ちが移るなんて信じられなかった。

 だけど、中雅鈴葉はすぐに見つかった。
 アイツが、鼻の下伸ばしながら、女に話しかけていて、その女が笑顔を振りまいてそれに応えてる。
 それか、中雅鈴葉だった。

 雫と仲良くなる前のあたしは、女同士でつるむのが面倒で、適当に話す友達しか作らなかった。

 女子で群れて、笑顔振りまいて、男子にも愛想振りまいてチヤホヤされて、みんなから好かれるような――そう、中雅鈴葉のような女は、もともと苦手だったんだ。

 だからあたしは中雅鈴葉が嫌い。
 あたしと真逆の女を好きになって、あたしをフッたような元カレなんか、一瞬で未練も吹き飛ばして、新しい彼氏作って、もう何とも思ってない……はずなんだけど。

 どちらにしても、今のあたしが一番そばにいたいのは雫で、男なんてどうでもいい。
 いや、彼氏はいるんだけどさ。

 いつでも一生懸命な雫は、守ってあげたいと思う反面、憧れでもあって、勉強だけじゃないいろんなことを教えてもらってる気がする。
 雫と一緒にいる時間は、今まで作ってきた適当に話せる友達との時間とは全然違う。
 雫がいろんなことに気付かせてくれた。

 女同士でつるむのも悪くない。あたしは雫を勝手に親友だと思ってる。
 雫はあたしと過ごすひとときを、宝物のように喜んでくれるけど、あたしだって雫と過ごすひとときは、たぶん、雫以上に嬉しいんだよ。

 だけど、中雅鈴葉は、そんな雫さえも傷付けようとしている。

 雫を苦しめる中雅鈴葉が嫌い。
 雫を泣かせる中雅鈴葉が嫌い。
 雫を苦しめていることにも気付かないで、良い顔して雫に近付く中雅鈴葉が嫌い。

 こんなの、本当は違うってわかってる。
 中雅鈴葉は何も悪いことをしてないことぐらい、わかってる。

 だけど、どうしても。あたしは、雫に笑っていてほしい。
 一生懸命にあたしに仲良くなりたいって伝えてくれた、大切な親友。

 雫は中雅鈴葉が好きなんだよね。だけどごめん。
 雫の笑顔を奪う中雅鈴葉が、やっぱり嫌いだ。




~倖子side end~