第10章 それぞれの気持ち
〜鈴葉side〜
「明日から春休みだねー」
いつもと同じ帰り道を、幼なじみのカズと嵐と歩く。
三月の下旬とは言え、部活終わりの、日が沈んだ夕方は、まだ風も冷たくて冬並みに寒い。
「春休みもほぼ毎日部活だけどね」
カズがそう言って、私の歩調に合わせて隣を歩く。嵐は、数歩ほど斜め前。
いつもそう。
大通りに出ると、さりげなくカズが車道側を歩いてくれる。
一台の車が、私たちの横を追い越して、冷たい追い風が吹き抜けた。
「うわー、寒い」
思わず口にしたら、カズがごそごそポケットを探って、中からカイロを取り出した。
「これ、あげるよ」
ポン、と手に渡される。それを握ると、じんわり暖かい。
「いいの? カズは寒くないの?」
「僕は大丈夫だから使いなよ」
「それじゃあ……ありがとう」
カズは昔からずっとこう。
本当に優しくて顔も良いもんだから、学校の女子に人気なのも頷けてしまう。
いろんな女子に告白されてるのに、誰とも付き合わないカズ。
優しいから、好きじゃないのに付き合うなんてこと、相手に悪くて出来ない、とか思ってるんだろうな。
私も何人かに告白されたことはあるけど、断る理由はそれとは少し違う。
そんなこと、絶対にこの二人には気付かれたくないけど。
「ねーねー。カズはどうして誰とも付き合わないの?」
「え? いきなりなに!?」
「この前のバレンタインだっていっぱい告白されてたじゃん」
「え、なんで知って……」
うろたえるカズが面白くて、もう少し突っ込んで訊いてみたくなった。
「ねぇ、カズって恋したいとか思わないの?」
「は!? どうしたんだよ、いきなり」
「っていうかもう好きな子いたりして」
「えっ……いや、」
あれ。珍しい。
カズはこういう茶化しや冗談をかわすのが上手くて、言葉に詰まることなんてあまりないのに。
もしかしたら、こういう恋愛系の話は弱点なのかもしれない。
新しい発見にイタズラ心がウズウズと疼く。
「ねーねー、どうなのー?」
「……か、勘弁してよ」
「えーやだ。幼なじみでしょ、教えてよ」
「……。じゃ、じゃあ、嵐はどうなんだよ」
そう言って斜め前にクイッと向けられた視線に、今度は私が言葉を詰まらせた。
嵐が顔だけ振り返る。
「俺を巻き込むなよなー」
「この前も告白されて断ってたの見たぞ」
「……いいだろ別に何でも」
また、告白されてたんだ。
ドクンドクンと脈が音を立てる。
嵐の恋愛事情は聞きたくない。
「……そういえば今、向こうの通りにあるカフェでパンケーキフェアやるんだって」
無理やり話題を変えた。
もし、嵐が「実は好きな人がいて……」なんて言い始めたら。私はきっと耐えられない。
私は、嵐のことが好きだから――。
「行ってみる?」
カズの提案でパンケーキフェアをやってるカフェに行くことになった。
いつもはまっすぐ行く角を曲がって、一つ隣の通りに出る。しばらく歩くと、目的のカフェの看板が見えてきた。
「あれか?」
「そうそう」
「うわ、すげーオシャレ」
ガラス張りの壁。その向こうに見えるのは、小さなソファーみたいな椅子とテーブルがいくつか。カウンターにもオシャレな白い椅子が並んでる。
「入ろ!」
ワクワクして、ガラス張りのドアを開けた。
いらっしゃいませ三名様ですね、と店員さんに案内されて、一番端のテーブルにつく。
私の前にカズ、カズの隣に嵐が座った。
「カズの家のカフェとは雰囲気全然違うね」
「僕のはカフェっていうより喫茶店って感じかな」
「意味は同じだけど」
確かに、と笑うと店員さんがメニューを持ってきてくれた。決まったら呼ぶように言われて、店員さんは去っていく。
「あ、僕ちょっとトイレ行ってくる。メニュー見てて」
「あ、俺も」
そう言ってカズと嵐が同時に席を立った。
「なんで連れションみたいなことすんだよ」
「いや、俺も普通に行きたいだけだし」
そんな会話をしながら二人で並んでトイレに行く後ろ姿に笑ってしまう。
一人になって、テーブルに置かれたメニューを手に取る。それを開くと、一番最初のページに『パンケーキフェア』と書かれていて、いろんな種類のパンケーキが並んでいた。
どれもすごく美味しそう。悩むなぁ。
次のページまで続いていると思って、パラリとメニューをめくると、そこには持ち帰り用のお菓子が載っていた。 可愛い箱に入った、ケーキやクッキーの写真。
今度何かの時にはここで贈り物のお菓子を買ってもいいなぁなんて思いながら見ていたら、赤い箱が映った写真が目に入った。
バレンタインに見た光景がフラッシュバックする。
あの日、雫ちゃんが、男子に渡していた赤い箱。相手の男子は、学年で少し有名なイケメンくんの真内銀十郎くん。
あんなに丁寧に綺麗に包装されていたし、絶対あれは本命チョコだと思う。
見ちゃいけない場面だったのかもと思いつつ、頭から離れない光景。
あのおとなしい雫ちゃんが、一生懸命頑張って渡したのかなって思ったら。すごく応援したい。
もしかしてもう付き合ってたりするのかな。そうだといいな。上手くいってるといいなぁ。上手くいっていてほしい。
どうか、上手くいってますように。
「あのー、ちょっとすいません」
不意に声をかけられて、思考を止めた。
見上げると、同じ学校の制服を着た男の人が二人。
「君、何年生? かわいいね」
「え? はい?」
突然学年を聞いてくる知らない男子二人を、睨み上げる。
「マジちょータイプ!」
「俺ら同じ高校の二年なんだけどさ、連絡先教えてよ」
よくあるナンパだ。こうやって声をかけられることには慣れているけど、複数人からのナンパはタチが悪い。
上手くかわさないと、よくない状況になることもあるから。
「ね、連絡先ぐらい良いじゃん。仲良くしようよ」
「困ります」
「いいじゃん、ね?」
一対一ならもっとキッパリと断り切れるのに、二人相手だとどうも言い方を考えてしまって、しつこくされることも多い。
厄介だなぁ。
「鈴葉のお知り合いですか?」
聞き慣れた声が飛んできて、安心感と少しの高揚感に体がピクリと反応した。
好きな人の声。不安な気持ちが全部拭い去られてしまう。
「嵐!」
思わず名前を呼ぶと、嵐は柔らかい笑みを私に向けた。
胸の奥が音を鳴らして熱くなる。
ああ、これだから私は。
ナンパした先輩二人に視線を移した嵐が、スッと私の前に立ちはだかった。
「鈴葉に何か用ですか!?」
「え……いや別に……なぁ?」
先輩達はお互いに顔を見合わせて、行こうぜ、とその場を去っていった。
なんだよ彼氏持ちかよ、なんていう声が聞こえて、少しドキッとする。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
嵐は、優しい。
いつもは憎まれ口ばかり叩いてるくせに、こういう時は必ず私を助けてくれて。あんな優しい顔を見せるんだから。
「鈴葉は飲み物ミルクティーだよな?」
「うん」
そう言って、店員にミルクティーとレモンティーとウーロン茶を注文する嵐。
私とカズが好きな飲み物をちゃんと把握していて、たぶん、それを注文するタイミングもちゃんと計算してる。
優しいんだ、嵐は。
「嵐は相変わらず紅茶飲めないんだね」
「は、鈴葉だって甘いミルクティーしか飲めないくせに」
「ミルクティーは紅茶だもん。何か文句ある?」
「俺だって最近は紅茶飲んでるけど?」
「えー、でも今ウーロン茶頼んでるじゃん」
いつもの憎まれ口ばかりの会話。
このひと時を楽しく思ってるなんて……私だけかな。
「待たせてごめん」
カズがトイレから帰ってきた直後、店員が頼んだ飲み物を持ってきた。
ほらやっぱり、バッチリのタイミング。
「遅いぞカズ」
「ごめんって」
「早くパンケーキ頼もうぜ」
嵐が好き。
でもいつか、きっと、この想いに決着をつけなきゃいけなくなる時が来る。
だから、それまではまだ。嵐の一番近くにいさせてほしい。
~鈴葉side end~
〜鈴葉side〜
「明日から春休みだねー」
いつもと同じ帰り道を、幼なじみのカズと嵐と歩く。
三月の下旬とは言え、部活終わりの、日が沈んだ夕方は、まだ風も冷たくて冬並みに寒い。
「春休みもほぼ毎日部活だけどね」
カズがそう言って、私の歩調に合わせて隣を歩く。嵐は、数歩ほど斜め前。
いつもそう。
大通りに出ると、さりげなくカズが車道側を歩いてくれる。
一台の車が、私たちの横を追い越して、冷たい追い風が吹き抜けた。
「うわー、寒い」
思わず口にしたら、カズがごそごそポケットを探って、中からカイロを取り出した。
「これ、あげるよ」
ポン、と手に渡される。それを握ると、じんわり暖かい。
「いいの? カズは寒くないの?」
「僕は大丈夫だから使いなよ」
「それじゃあ……ありがとう」
カズは昔からずっとこう。
本当に優しくて顔も良いもんだから、学校の女子に人気なのも頷けてしまう。
いろんな女子に告白されてるのに、誰とも付き合わないカズ。
優しいから、好きじゃないのに付き合うなんてこと、相手に悪くて出来ない、とか思ってるんだろうな。
私も何人かに告白されたことはあるけど、断る理由はそれとは少し違う。
そんなこと、絶対にこの二人には気付かれたくないけど。
「ねーねー。カズはどうして誰とも付き合わないの?」
「え? いきなりなに!?」
「この前のバレンタインだっていっぱい告白されてたじゃん」
「え、なんで知って……」
うろたえるカズが面白くて、もう少し突っ込んで訊いてみたくなった。
「ねぇ、カズって恋したいとか思わないの?」
「は!? どうしたんだよ、いきなり」
「っていうかもう好きな子いたりして」
「えっ……いや、」
あれ。珍しい。
カズはこういう茶化しや冗談をかわすのが上手くて、言葉に詰まることなんてあまりないのに。
もしかしたら、こういう恋愛系の話は弱点なのかもしれない。
新しい発見にイタズラ心がウズウズと疼く。
「ねーねー、どうなのー?」
「……か、勘弁してよ」
「えーやだ。幼なじみでしょ、教えてよ」
「……。じゃ、じゃあ、嵐はどうなんだよ」
そう言って斜め前にクイッと向けられた視線に、今度は私が言葉を詰まらせた。
嵐が顔だけ振り返る。
「俺を巻き込むなよなー」
「この前も告白されて断ってたの見たぞ」
「……いいだろ別に何でも」
また、告白されてたんだ。
ドクンドクンと脈が音を立てる。
嵐の恋愛事情は聞きたくない。
「……そういえば今、向こうの通りにあるカフェでパンケーキフェアやるんだって」
無理やり話題を変えた。
もし、嵐が「実は好きな人がいて……」なんて言い始めたら。私はきっと耐えられない。
私は、嵐のことが好きだから――。
「行ってみる?」
カズの提案でパンケーキフェアをやってるカフェに行くことになった。
いつもはまっすぐ行く角を曲がって、一つ隣の通りに出る。しばらく歩くと、目的のカフェの看板が見えてきた。
「あれか?」
「そうそう」
「うわ、すげーオシャレ」
ガラス張りの壁。その向こうに見えるのは、小さなソファーみたいな椅子とテーブルがいくつか。カウンターにもオシャレな白い椅子が並んでる。
「入ろ!」
ワクワクして、ガラス張りのドアを開けた。
いらっしゃいませ三名様ですね、と店員さんに案内されて、一番端のテーブルにつく。
私の前にカズ、カズの隣に嵐が座った。
「カズの家のカフェとは雰囲気全然違うね」
「僕のはカフェっていうより喫茶店って感じかな」
「意味は同じだけど」
確かに、と笑うと店員さんがメニューを持ってきてくれた。決まったら呼ぶように言われて、店員さんは去っていく。
「あ、僕ちょっとトイレ行ってくる。メニュー見てて」
「あ、俺も」
そう言ってカズと嵐が同時に席を立った。
「なんで連れションみたいなことすんだよ」
「いや、俺も普通に行きたいだけだし」
そんな会話をしながら二人で並んでトイレに行く後ろ姿に笑ってしまう。
一人になって、テーブルに置かれたメニューを手に取る。それを開くと、一番最初のページに『パンケーキフェア』と書かれていて、いろんな種類のパンケーキが並んでいた。
どれもすごく美味しそう。悩むなぁ。
次のページまで続いていると思って、パラリとメニューをめくると、そこには持ち帰り用のお菓子が載っていた。 可愛い箱に入った、ケーキやクッキーの写真。
今度何かの時にはここで贈り物のお菓子を買ってもいいなぁなんて思いながら見ていたら、赤い箱が映った写真が目に入った。
バレンタインに見た光景がフラッシュバックする。
あの日、雫ちゃんが、男子に渡していた赤い箱。相手の男子は、学年で少し有名なイケメンくんの真内銀十郎くん。
あんなに丁寧に綺麗に包装されていたし、絶対あれは本命チョコだと思う。
見ちゃいけない場面だったのかもと思いつつ、頭から離れない光景。
あのおとなしい雫ちゃんが、一生懸命頑張って渡したのかなって思ったら。すごく応援したい。
もしかしてもう付き合ってたりするのかな。そうだといいな。上手くいってるといいなぁ。上手くいっていてほしい。
どうか、上手くいってますように。
「あのー、ちょっとすいません」
不意に声をかけられて、思考を止めた。
見上げると、同じ学校の制服を着た男の人が二人。
「君、何年生? かわいいね」
「え? はい?」
突然学年を聞いてくる知らない男子二人を、睨み上げる。
「マジちょータイプ!」
「俺ら同じ高校の二年なんだけどさ、連絡先教えてよ」
よくあるナンパだ。こうやって声をかけられることには慣れているけど、複数人からのナンパはタチが悪い。
上手くかわさないと、よくない状況になることもあるから。
「ね、連絡先ぐらい良いじゃん。仲良くしようよ」
「困ります」
「いいじゃん、ね?」
一対一ならもっとキッパリと断り切れるのに、二人相手だとどうも言い方を考えてしまって、しつこくされることも多い。
厄介だなぁ。
「鈴葉のお知り合いですか?」
聞き慣れた声が飛んできて、安心感と少しの高揚感に体がピクリと反応した。
好きな人の声。不安な気持ちが全部拭い去られてしまう。
「嵐!」
思わず名前を呼ぶと、嵐は柔らかい笑みを私に向けた。
胸の奥が音を鳴らして熱くなる。
ああ、これだから私は。
ナンパした先輩二人に視線を移した嵐が、スッと私の前に立ちはだかった。
「鈴葉に何か用ですか!?」
「え……いや別に……なぁ?」
先輩達はお互いに顔を見合わせて、行こうぜ、とその場を去っていった。
なんだよ彼氏持ちかよ、なんていう声が聞こえて、少しドキッとする。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
嵐は、優しい。
いつもは憎まれ口ばかり叩いてるくせに、こういう時は必ず私を助けてくれて。あんな優しい顔を見せるんだから。
「鈴葉は飲み物ミルクティーだよな?」
「うん」
そう言って、店員にミルクティーとレモンティーとウーロン茶を注文する嵐。
私とカズが好きな飲み物をちゃんと把握していて、たぶん、それを注文するタイミングもちゃんと計算してる。
優しいんだ、嵐は。
「嵐は相変わらず紅茶飲めないんだね」
「は、鈴葉だって甘いミルクティーしか飲めないくせに」
「ミルクティーは紅茶だもん。何か文句ある?」
「俺だって最近は紅茶飲んでるけど?」
「えー、でも今ウーロン茶頼んでるじゃん」
いつもの憎まれ口ばかりの会話。
このひと時を楽しく思ってるなんて……私だけかな。
「待たせてごめん」
カズがトイレから帰ってきた直後、店員が頼んだ飲み物を持ってきた。
ほらやっぱり、バッチリのタイミング。
「遅いぞカズ」
「ごめんって」
「早くパンケーキ頼もうぜ」
嵐が好き。
でもいつか、きっと、この想いに決着をつけなきゃいけなくなる時が来る。
だから、それまではまだ。嵐の一番近くにいさせてほしい。
~鈴葉side end~
