放課後の部活。

「え、渡せなかったの?」

 吉澄さんに訊かれて頷いた私に、それ以上理由を追求されることはなかった。もしかしたら、吉澄さん達も、颯見くんにチョコレートをあげようとした誰かの会話を聞いたのかもしれない。

「義理って言いながらでも、渡せない?」

 吉澄さんにそっと両手を握られて、温かい体温が伝わってくる。

 義理だとしても。私はこのチョコレートに、想いを乗せないなんて出来なかった。
 義理としてのチョコレートなんて、作れなかった。

 たとえ口では義理だと言っていても、私の気持ちは義理なんかじゃない。そんな気持ちの入ったチョコレート、きっと颯見くんは受け取りたくないだろうから。

 なんて、そんな言い訳ばかり並べているけど本当のところは怖いだけ。
 好きな人からしか受け取らないらしい颯見くんに、義理だと言ったからって受け取ってもらえるとは限らない。
 なにより、義理だって言ったって、そんな表面だけの嘘、すぐ見抜かれてしまいそうだ。

 渡せない。

 首を横に振った私を見て、吉澄さんは「そっか」と小さく呟いて手を離した。

 それからは、誰もチョコレートの話題に触れることはなく。部活動が終わった。

 一緒に帰宅する時間も、いつも通りの会話。西盛くんと洲刈くんが言い合いして、吉澄さんがツッコんで、真内くんは無言で。

 鞄の中にあるトリュフの存在を思い出すと、胸が苦しくなるから、思い出さないように、会話を必死に聞いていた。

「じゃあ、哀咲さん、また明日ねー!」

 私の家の前まで着くと、吉澄さんがいつものようにふわっと笑って私に手を振る。
 手を振り返しながら玄関のドアを開け、家に入った。

 ガチャ、という音とともに、吉澄さん達から遮断された空間。
 玄関の靴の様子から、今この家には自分一人しかいないことを悟った。

 誰もいない。誰も見ていない。
 張り詰めていた糸が切れて、ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。

 渡せなかったトリュフの重みが、肩に伝わる。

 これで良かったんだ。
 トイレの前で聞いた、あの会話を聞けて良かった。鈴葉ちゃんからのトリュフを颯見くんが受け取っていた、あの光景を見られて良かった。何も知らずに渡したりなんかしていたら……。
 
 これで良かったんだ。
  
 息が苦しくなって、膝に顔を埋めた。

 どうしてトリュフなんか作っちゃったんだろう。どうして受け取ってもらえるなんて思っちゃったんだろう。恥ずかしいな。

 熱くなった目頭を膝で押さえつけると、温かい水がふくらはぎに流れていった。

 泣くなんて、おこがましいのに。

 だけど、今だけ。
 今だけ、泣くのを許してください。

 誰もいない家の、誰もいない玄関で、声を押し殺しながら、小さく泣き続けた。


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