「はい、嵐。電子辞書」



鞄からそれを出して、颯見くんに渡す朝羽くんを見て。朝羽くんも、サッカー部だったことを思い出す。



朝羽くんに訊こう。


そう思って、視線を朝羽くんへ移した。



「朝羽くん、」



私が声を掛けると、驚いたように振り向いた朝羽くん。



「あ、あの、サッカー部って、試合、とかあるのかな」



言いながら、だんだん恥ずかしくなって、最後の方は声が小さくなってしまった。



それでも、それをしっかりと聞き取ってくれたみたいで、朝羽くんはふんわりと笑った。



「うん、あるよ。今度の日曜日、練習試合があって」

「カズ!」



朝羽くんの言葉に被るように、颯見くんが声を出した。



「電子辞書、ありがとな」


「え、あ……うん」



練習試合、見に行ってもいいか、訊けなかった。



もしかしたら、颯見くんは私が何を言おうとしているか勘付いて、敢えて言葉を遮ったのかもしれない。



行かない方が、いいのかな。




「哀咲、」



ふと、名前を呼ばれて、また、胸が音を鳴らす。



「今度の日曜日、練習試合見に来る?」



颯見くんから掛けられた言葉は、思ってもみなかったもので。

ハッと颯見くんを見ると、颯見くんは、片手をくしゃっと自分の髪に当てた。



練習試合、見に行ってもいいんだ。



「う、うん」



嬉しくて、思いっきり頷きながら答えてしまった。



颯見くんの顔を半分隠していた手がそこを離れて、整った顔がくしゃっと笑う。



「じゃあ、日曜日、待ってる」



ざわつく胸の奥を無理やり鎮めながら、ゆっくりと頷いた。







その後、授業の始まりのチャイムが鳴って、颯見くんは慌てて教室を出ていった。



「練習試合ってことは、マネージャーの中雅鈴葉もいるんだよね」



倖子ちゃんは、まだ席に戻らずに、独り言のように呟いて、んー、と唸った。



「雫、練習試合、あたしも一緒に行く」



そう言い放って、席に戻っていく。



きっと、倖子ちゃんは、私が嫌な思いをしないか、心配してくれてるんだ。



「寺泉さんも来るのか……」



たぶん倖子ちゃんのことが苦手らしい朝羽くんが、ボソっと呟いた。