◆◇◆◇
「トリュフはちゃんと完成したの?」
二月十四日。
朝のホームルームが終わってすぐに、倖子ちゃんが私の机までやってきた。
「うん。味はわからないけれど……」
鞄の中を覗いて、青いリボンをかけた小さな箱を取り出した。
「これ……えっと、倖子ちゃんに……」
それを倖子ちゃんの前に差し出すと、え、と声を漏らして倖子ちゃんの目が大きくなる。
「あたしに? くれるの?」
頷くと、「まじで?」と片手でそれを受け取って、もう片方の手をスカートのポケットに入れる。
「あたしもね、」
そう言ってポケットをまさぐっていた手を取り出して、赤いリボンでくくられたピンクの包装袋が差し出された。
は、と息が漏れる。
「友チョコ。雫からも貰えると思ってなかった」
友チョコっていう文化知ってたんだー、なんていう倖子ちゃんの呟きを聞きながら、目の前の包装袋を眺める。
嬉しくて、なんだか勿体なくて、それに触れることすら躊躇ってしまう。
初めての、友チョコだ。
二月十四日に周りの女の子達が友達同士で交換し合っているのを、ただ眺めていた。楽しそうで、嬉しそうで、そんな姿が可愛くも見えて。
いつか、私もあんな風に友達と友チョコを渡し合ってみたいって、この日になるたび思っていた。
それが今、目の前にある。目の前で起こっている。
「一応手作りだけど、不味くはないと思うよ」
倖子ちゃんの声を横に聞きながら、そっと包装袋に触れる。
嬉しい。すごく嬉しい。
「ありがとう」
伝えると、倖子ちゃんがははっと笑った。
「友チョコ程度でそんな顔して感謝されるの初めてだわ」
ぽんっと肩に倖子ちゃんの手が乗る。
「本番はこれからでしょ」
そう言って下へ動いた倖子ちゃんの視線を辿る。
膝の上に置いた鞄のチャックが少し開いていて、その隙間からチラリと覗く赤い箱。
「それ、颯見にあげるやつでしょ?」
倖子ちゃんが視線をそれに向けたまま、息だけの声で言った。
昨日の部活動の時間で作ったトリュフ。
吉澄さんも誰かにあげるらしく、真内くん達を部室に置いて、こっそり調理室で作った。
颯見くんは濃いめのチョコレートが好きだと聞いて、ブラックチョコレートをふんだんに使った黒めのトリュフ。
作っている時も包装している時も、どうやって渡したらいいかなぁ、なんて考えたり、渡すときのことを想像して勝手に緊張したり、やっぱり落ち着かなかった。
「いつ渡すの?」
倖子ちゃんに言われて、昨日を思い出し高揚していた気持ちが、より高鳴る。
いつ、どうやって、渡せばいいんだろう。
思考を巡らせて始めに思い付いたのは、颯見くんが朝羽くんに会いにこのクラスへ来た時。
朝羽くんにも一緒にチョコレートを渡せば、何も特別なことはない。
そう考えて納得しかけた結論に、少しの引っかかりと不安がよぎった。
たとえ義理チョコだと謳っていても、朝羽くんは私の気持ちを知っている。
私が抱いているのは、絶対に叶うことのない想い。鈴葉ちゃんと颯見くんの邪魔になる想い。
そんな想いを、表面では義理チョコだと言いながら、裏にたくさん込めて渡している姿を見たら、朝羽くんはどんな風に思うんだろう。
なんとなく、朝羽くんには見られたくない、と思ってしまった。
だけど、他に颯見くんに接触できる機会は思い付かなくて、よく考えてみれば、私が颯見くんと日常で会えていたのは、颯見くんがクラスへ来た時だけだったと思い知る。
「雫、」
思考を巡らせていた頭の上から、それを制する声が落ちてきた。
「弱気になっちゃ駄目だからね」
顔を上げると、倖子ちゃんの鋭く真っ直ぐな視線が目に刺さる。
「あたしは絶対、雫の味方だから。絶対、渡すんだよ」
力強くて、優しい言葉。
その言葉に、胸の奥底がじんわりと温度を上げた。
ありがとう、と言い終わる前に、一時間目の始業のチャイムが鳴る。
じゃまた後で、と席に戻っていく倖子ちゃんの背中に、もう一度、ありがとうと呟いた。
「トリュフはちゃんと完成したの?」
二月十四日。
朝のホームルームが終わってすぐに、倖子ちゃんが私の机までやってきた。
「うん。味はわからないけれど……」
鞄の中を覗いて、青いリボンをかけた小さな箱を取り出した。
「これ……えっと、倖子ちゃんに……」
それを倖子ちゃんの前に差し出すと、え、と声を漏らして倖子ちゃんの目が大きくなる。
「あたしに? くれるの?」
頷くと、「まじで?」と片手でそれを受け取って、もう片方の手をスカートのポケットに入れる。
「あたしもね、」
そう言ってポケットをまさぐっていた手を取り出して、赤いリボンでくくられたピンクの包装袋が差し出された。
は、と息が漏れる。
「友チョコ。雫からも貰えると思ってなかった」
友チョコっていう文化知ってたんだー、なんていう倖子ちゃんの呟きを聞きながら、目の前の包装袋を眺める。
嬉しくて、なんだか勿体なくて、それに触れることすら躊躇ってしまう。
初めての、友チョコだ。
二月十四日に周りの女の子達が友達同士で交換し合っているのを、ただ眺めていた。楽しそうで、嬉しそうで、そんな姿が可愛くも見えて。
いつか、私もあんな風に友達と友チョコを渡し合ってみたいって、この日になるたび思っていた。
それが今、目の前にある。目の前で起こっている。
「一応手作りだけど、不味くはないと思うよ」
倖子ちゃんの声を横に聞きながら、そっと包装袋に触れる。
嬉しい。すごく嬉しい。
「ありがとう」
伝えると、倖子ちゃんがははっと笑った。
「友チョコ程度でそんな顔して感謝されるの初めてだわ」
ぽんっと肩に倖子ちゃんの手が乗る。
「本番はこれからでしょ」
そう言って下へ動いた倖子ちゃんの視線を辿る。
膝の上に置いた鞄のチャックが少し開いていて、その隙間からチラリと覗く赤い箱。
「それ、颯見にあげるやつでしょ?」
倖子ちゃんが視線をそれに向けたまま、息だけの声で言った。
昨日の部活動の時間で作ったトリュフ。
吉澄さんも誰かにあげるらしく、真内くん達を部室に置いて、こっそり調理室で作った。
颯見くんは濃いめのチョコレートが好きだと聞いて、ブラックチョコレートをふんだんに使った黒めのトリュフ。
作っている時も包装している時も、どうやって渡したらいいかなぁ、なんて考えたり、渡すときのことを想像して勝手に緊張したり、やっぱり落ち着かなかった。
「いつ渡すの?」
倖子ちゃんに言われて、昨日を思い出し高揚していた気持ちが、より高鳴る。
いつ、どうやって、渡せばいいんだろう。
思考を巡らせて始めに思い付いたのは、颯見くんが朝羽くんに会いにこのクラスへ来た時。
朝羽くんにも一緒にチョコレートを渡せば、何も特別なことはない。
そう考えて納得しかけた結論に、少しの引っかかりと不安がよぎった。
たとえ義理チョコだと謳っていても、朝羽くんは私の気持ちを知っている。
私が抱いているのは、絶対に叶うことのない想い。鈴葉ちゃんと颯見くんの邪魔になる想い。
そんな想いを、表面では義理チョコだと言いながら、裏にたくさん込めて渡している姿を見たら、朝羽くんはどんな風に思うんだろう。
なんとなく、朝羽くんには見られたくない、と思ってしまった。
だけど、他に颯見くんに接触できる機会は思い付かなくて、よく考えてみれば、私が颯見くんと日常で会えていたのは、颯見くんがクラスへ来た時だけだったと思い知る。
「雫、」
思考を巡らせていた頭の上から、それを制する声が落ちてきた。
「弱気になっちゃ駄目だからね」
顔を上げると、倖子ちゃんの鋭く真っ直ぐな視線が目に刺さる。
「あたしは絶対、雫の味方だから。絶対、渡すんだよ」
力強くて、優しい言葉。
その言葉に、胸の奥底がじんわりと温度を上げた。
ありがとう、と言い終わる前に、一時間目の始業のチャイムが鳴る。
じゃまた後で、と席に戻っていく倖子ちゃんの背中に、もう一度、ありがとうと呟いた。
