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「いろんな種類あるねー!美味しそーっ!」

 ハートに装飾されたチョコレート売り場の一角で、華やかに並べられたチョコレート達を、飛び跳ねながら眺める吉澄さん。

「でもぉ、やっぱりチョコは手作りじゃないとね!」

 吉澄さんの視線がチョコレートから私に移って、ドキリと小さく鼓動が跳ねる。

 去年までのバレンタインも手作りチョコレートは用意していたけれど、それはお父さんにあげる為で。好きな人にチョコレートをあげるなんていうドキドキするようなバレンタインは、私のもとには訪れないと思っていた。

 どうしよう。“義理”という名目であげるんだから、こんな気持ちになっていたら駄目なのに。
 颯見くんが、私の作ったチョコレートを食べてくれるかもしれない。そう思ったら、少し恥ずかしくて、でも嬉しくて、どうにも落ち着かない。

 じっとその場に立っていることができなくて、近くのチョコレート達を見て回るふりをする。

「哀咲さん、こっちにあったよ! 手作り用の板チョコ!」

 不意に腕を引っ張られた瞬間、足元がもつれて体がバランスを崩した。

 わ、と声が漏れる。

「……危ない」

 倒れかけた私の身体に、スッと誰かの腕が絡まった。
 
 あ、と言葉にならない声を漏らして、腹部にまわった腕から、その主へと視線を移動させる。

「鈍臭いな」

 無表情のままそう言い落として、真内くんは視線を吉澄さんに向けた。

「歌奈、もう少し落ち着け」

 腹部から伝わってきていた腕の温度がスッと消えて、起こった状況をやっと頭が把握した。

 真内くんに、身体を抱えられて、倒れそうになったのを助けられたんだ。

「哀咲さん、ごめん! はしゃぎすぎちゃって……」
 
 手を顔の前で合わせる吉澄さんに、慌てて頭を横に振る。
 私の運動神経が良くないせい。真内くんにも迷惑をかけてしまった。

 真内くんに謝らなきゃ。ううん、ありがとうって言わなきゃ。

 真内くんに視線を向けると、西盛くんが買い物カゴに詰め込んだチョコレートの山を、呆れた顔で眺めている。

 お礼を言おうと、少し震える脚を進めた。
 速くなる鼓動をおさえるために、握りしめた右手をゆっくり胸に当てる。

 お礼を、言わなきゃ。
 すぅっと息を吸った。

「あのっ……」

 声が詰まって、明らかにわかるほど脚が震えだす。

 駄目。続けないと。お礼を言わないと。
 耳にうるさく響く鼓動を必死に聞かないように首を振る。

 お礼を言うだけ。倖子ちゃんや鈴葉ちゃんと話すときみたいに。
 颯見くんに言葉を発するときみたいに。

 ――伝わるよ
 くしゃっと笑った颯見くんの声が、頭の中で聞こえた。
 その瞬間、緊張を拭い去るように爽やかな風が吹く。
 止まっていた息をすぅっと吐き出して、胸を押さえる手に力を入れた。

「た、助けて、くれて、あ、ありがと、ございました」

 言い切って安堵したと同時に、ちゃんと真内くんの耳に届いたかどうか不安になる。

 チョコレートの山を眺めていた真内くんの視線がゆっくり私に向けられた。
 少しだけ目を大きくして、一瞬私の背後に目をやってから、もう一度視線が戻ってくる。
 背中に、吉澄さんの驚いた息の音を感じた。

「いや、気にしなくていい」

 真内くんはそう言って、再び西盛くんのチョコレートに目を向けた。

「重太、それ買うのか?」

「もちろん」

「誰かにあげるのか?」

「いや、自分で食べるよ」

「……だよな」

 なんだかお礼が言い足りない気がしたけれど、二人の会話に割り込むのも良くない気がして、立ち尽くす。

「哀咲さん、すごいね!」

 不意に後ろから声をかけられて振り返ると、吉澄さんにぎゅっと手を包まれた。

「銀に話せたね!」

 そう言われて、そういえば、話すのが苦手なことも知られていたんだったなと思い出す。それに甘えて、今まで一言も言葉を発した事がなかった気がする。

「チョコレート、こっちにあるから行こ」

 そのままゆっくり手を引かれて、手作りコーナーへ向かう。

「颯見くんは濃いめのチョコが好きなんだって」

 吉澄さんは「リサーチ済み!」とVサインして、私の持つ買い物カゴにブラックチョコレートを入れていく。

「トリュフが好きらしいから明日の部活はトリュフ作りだね!」

 楽しそうに飛び跳ねながらココアパウダーと生クリームも手際良くカゴに入れていく。

「楽しみだねー! ね?」

 吉澄さんに問いかけられ、思わず頷いていた。

 義理、だから、いいよね。
 颯見くんに喜んでくれるかな。喜んで食べてもらえたら、すごく嬉しい。

「頑張れよ」

 後ろから低い声が落ちてきて振り返ると、相変わらず表情の変わらない真内くんと目が合った。