◆◇◆◇
「いろんな種類あるねー!美味しそーっ!」
ハートに装飾されたチョコレート売り場の一角で、華やかに並べられたチョコレート達を、飛び跳ねながら眺める吉澄さん。
「でもぉ、やっぱりチョコは手作りじゃないとね!」
吉澄さんの視線がチョコレートから私に移って、ドキリと小さく鼓動が跳ねる。
去年までのバレンタインも手作りチョコレートは用意していたけれど、それはお父さんにあげる為で。好きな人にチョコレートをあげるなんていうドキドキするようなバレンタインは、私のもとには訪れないと思っていた。
どうしよう。“義理”という名目であげるんだから、こんな気持ちになっていたら駄目なのに。
颯見くんが、私の作ったチョコレートを食べてくれるかもしれない。そう思ったら、少し恥ずかしくて、でも嬉しくて、どうにも落ち着かない。
じっとその場に立っていることができなくて、近くのチョコレート達を見て回るふりをする。
「哀咲さん、こっちにあったよ! 手作り用の板チョコ!」
不意に腕を引っ張られた瞬間、足元がもつれて体がバランスを崩した。
わ、と声が漏れる。
「……危ない」
倒れかけた私の身体に、スッと誰かの腕が絡まった。
あ、と言葉にならない声を漏らして、腹部にまわった腕から、その主へと視線を移動させる。
「鈍臭いな」
無表情のままそう言い落として、真内くんは視線を吉澄さんに向けた。
「歌奈、もう少し落ち着け」
腹部から伝わってきていた腕の温度がスッと消えて、起こった状況をやっと頭が把握した。
真内くんに、身体を抱えられて、倒れそうになったのを助けられたんだ。
「哀咲さん、ごめん! はしゃぎすぎちゃって……」
手を顔の前で合わせる吉澄さんに、慌てて頭を横に振る。
私の運動神経が良くないせい。真内くんにも迷惑をかけてしまった。
真内くんに謝らなきゃ。ううん、ありがとうって言わなきゃ。
真内くんに視線を向けると、西盛くんが買い物カゴに詰め込んだチョコレートの山を、呆れた顔で眺めている。
お礼を言おうと、少し震える脚を進めた。
速くなる鼓動をおさえるために、握りしめた右手をゆっくり胸に当てる。
お礼を、言わなきゃ。
すぅっと息を吸った。
「あのっ……」
声が詰まって、明らかにわかるほど脚が震えだす。
駄目。続けないと。お礼を言わないと。
耳にうるさく響く鼓動を必死に聞かないように首を振る。
お礼を言うだけ。倖子ちゃんや鈴葉ちゃんと話すときみたいに。
颯見くんに言葉を発するときみたいに。
――伝わるよ
くしゃっと笑った颯見くんの声が、頭の中で聞こえた。
その瞬間、緊張を拭い去るように爽やかな風が吹く。
止まっていた息をすぅっと吐き出して、胸を押さえる手に力を入れた。
「た、助けて、くれて、あ、ありがと、ございました」
言い切って安堵したと同時に、ちゃんと真内くんの耳に届いたかどうか不安になる。
チョコレートの山を眺めていた真内くんの視線がゆっくり私に向けられた。
少しだけ目を大きくして、一瞬私の背後に目をやってから、もう一度視線が戻ってくる。
背中に、吉澄さんの驚いた息の音を感じた。
「いや、気にしなくていい」
真内くんはそう言って、再び西盛くんのチョコレートに目を向けた。
「重太、それ買うのか?」
「もちろん」
「誰かにあげるのか?」
「いや、自分で食べるよ」
「……だよな」
なんだかお礼が言い足りない気がしたけれど、二人の会話に割り込むのも良くない気がして、立ち尽くす。
「哀咲さん、すごいね!」
不意に後ろから声をかけられて振り返ると、吉澄さんにぎゅっと手を包まれた。
「銀に話せたね!」
そう言われて、そういえば、話すのが苦手なことも知られていたんだったなと思い出す。それに甘えて、今まで一言も言葉を発した事がなかった気がする。
「チョコレート、こっちにあるから行こ」
そのままゆっくり手を引かれて、手作りコーナーへ向かう。
「颯見くんは濃いめのチョコが好きなんだって」
吉澄さんは「リサーチ済み!」とVサインして、私の持つ買い物カゴにブラックチョコレートを入れていく。
「トリュフが好きらしいから明日の部活はトリュフ作りだね!」
楽しそうに飛び跳ねながらココアパウダーと生クリームも手際良くカゴに入れていく。
「楽しみだねー! ね?」
吉澄さんに問いかけられ、思わず頷いていた。
義理、だから、いいよね。
颯見くんに喜んでくれるかな。喜んで食べてもらえたら、すごく嬉しい。
「頑張れよ」
後ろから低い声が落ちてきて振り返ると、相変わらず表情の変わらない真内くんと目が合った。
「いろんな種類あるねー!美味しそーっ!」
ハートに装飾されたチョコレート売り場の一角で、華やかに並べられたチョコレート達を、飛び跳ねながら眺める吉澄さん。
「でもぉ、やっぱりチョコは手作りじゃないとね!」
吉澄さんの視線がチョコレートから私に移って、ドキリと小さく鼓動が跳ねる。
去年までのバレンタインも手作りチョコレートは用意していたけれど、それはお父さんにあげる為で。好きな人にチョコレートをあげるなんていうドキドキするようなバレンタインは、私のもとには訪れないと思っていた。
どうしよう。“義理”という名目であげるんだから、こんな気持ちになっていたら駄目なのに。
颯見くんが、私の作ったチョコレートを食べてくれるかもしれない。そう思ったら、少し恥ずかしくて、でも嬉しくて、どうにも落ち着かない。
じっとその場に立っていることができなくて、近くのチョコレート達を見て回るふりをする。
「哀咲さん、こっちにあったよ! 手作り用の板チョコ!」
不意に腕を引っ張られた瞬間、足元がもつれて体がバランスを崩した。
わ、と声が漏れる。
「……危ない」
倒れかけた私の身体に、スッと誰かの腕が絡まった。
あ、と言葉にならない声を漏らして、腹部にまわった腕から、その主へと視線を移動させる。
「鈍臭いな」
無表情のままそう言い落として、真内くんは視線を吉澄さんに向けた。
「歌奈、もう少し落ち着け」
腹部から伝わってきていた腕の温度がスッと消えて、起こった状況をやっと頭が把握した。
真内くんに、身体を抱えられて、倒れそうになったのを助けられたんだ。
「哀咲さん、ごめん! はしゃぎすぎちゃって……」
手を顔の前で合わせる吉澄さんに、慌てて頭を横に振る。
私の運動神経が良くないせい。真内くんにも迷惑をかけてしまった。
真内くんに謝らなきゃ。ううん、ありがとうって言わなきゃ。
真内くんに視線を向けると、西盛くんが買い物カゴに詰め込んだチョコレートの山を、呆れた顔で眺めている。
お礼を言おうと、少し震える脚を進めた。
速くなる鼓動をおさえるために、握りしめた右手をゆっくり胸に当てる。
お礼を、言わなきゃ。
すぅっと息を吸った。
「あのっ……」
声が詰まって、明らかにわかるほど脚が震えだす。
駄目。続けないと。お礼を言わないと。
耳にうるさく響く鼓動を必死に聞かないように首を振る。
お礼を言うだけ。倖子ちゃんや鈴葉ちゃんと話すときみたいに。
颯見くんに言葉を発するときみたいに。
――伝わるよ
くしゃっと笑った颯見くんの声が、頭の中で聞こえた。
その瞬間、緊張を拭い去るように爽やかな風が吹く。
止まっていた息をすぅっと吐き出して、胸を押さえる手に力を入れた。
「た、助けて、くれて、あ、ありがと、ございました」
言い切って安堵したと同時に、ちゃんと真内くんの耳に届いたかどうか不安になる。
チョコレートの山を眺めていた真内くんの視線がゆっくり私に向けられた。
少しだけ目を大きくして、一瞬私の背後に目をやってから、もう一度視線が戻ってくる。
背中に、吉澄さんの驚いた息の音を感じた。
「いや、気にしなくていい」
真内くんはそう言って、再び西盛くんのチョコレートに目を向けた。
「重太、それ買うのか?」
「もちろん」
「誰かにあげるのか?」
「いや、自分で食べるよ」
「……だよな」
なんだかお礼が言い足りない気がしたけれど、二人の会話に割り込むのも良くない気がして、立ち尽くす。
「哀咲さん、すごいね!」
不意に後ろから声をかけられて振り返ると、吉澄さんにぎゅっと手を包まれた。
「銀に話せたね!」
そう言われて、そういえば、話すのが苦手なことも知られていたんだったなと思い出す。それに甘えて、今まで一言も言葉を発した事がなかった気がする。
「チョコレート、こっちにあるから行こ」
そのままゆっくり手を引かれて、手作りコーナーへ向かう。
「颯見くんは濃いめのチョコが好きなんだって」
吉澄さんは「リサーチ済み!」とVサインして、私の持つ買い物カゴにブラックチョコレートを入れていく。
「トリュフが好きらしいから明日の部活はトリュフ作りだね!」
楽しそうに飛び跳ねながらココアパウダーと生クリームも手際良くカゴに入れていく。
「楽しみだねー! ね?」
吉澄さんに問いかけられ、思わず頷いていた。
義理、だから、いいよね。
颯見くんに喜んでくれるかな。喜んで食べてもらえたら、すごく嬉しい。
「頑張れよ」
後ろから低い声が落ちてきて振り返ると、相変わらず表情の変わらない真内くんと目が合った。
