第9章 バレンタインチョコ


 教材室の窓から見える景色が、白くキラキラと光っている。
 
 もう二月の半ばになるのに、前日の夜に降った雪がまだ消えない。
 白く色付いたグラウンドに、サッカー部達のたくさんの足跡が刻まれていく様子を眺めて、やっぱり、目が一人を追ってしまう。

 体育倉庫の裏で話したあの日以来、颯見くんは、またよく十二組の教室に顔を出すようになった。
 私が「悩みがあって」なんて話をしたから、心配してくれているのかもしれない。なんて、自意識過剰なのかな。

「哀咲さん、明後日はバレンタインだね!」

 吉澄さんが、窓と私の間にひょこっと顔を覗かせて言った。

「颯見くんにチョコ渡さないの?」

 訊かれて、ドクン、と胸が音を鳴らす。そんなこと考えてもなかった。

 だって、きっと迷惑だ。颯見くんが好きなのは、鈴葉ちゃんなんだから。
 だいたい、朝羽くんには、二人が両想いだと聞かされた。それなのに、渡せない。渡せるわけない。

 静かに首を横に振ると、吉澄さんは眉をハの字に下げた。でもそれは一瞬のことで、すぐ目を見開いて瞳を輝かせる。

「義理チョコって言って渡せばいいよ! 仲良いんだから渡したって全然おかしくないでしょ!」

 パッと両手で手を握られて、握手してるみたいに、大きくブンブンと揺らされる。

「義理チョコいいな、俺にもくれよ」

「あーバレンタインかー、ひもじい季節がやってきたなぁ……」

 西盛くんと洲刈くんの声にチラリと視線を向けて、すぐ向き直った吉澄さんが、ニコリと笑う。

「明日の放課後、チョコの材料買いに行こう!」

「おう! 行こうぜー!」
「誰もくれないなら自分で作るしかないよな!」

 吉澄さんの勢いに飲まれて、気が付いたらチョコを作ることになってしまった。

 翌日の放課後。
 部活動へ行くために教室を出ようと席を立つと、哀咲さん、と聞きなれた声に呼ばれた。

 見ると、教室の入り口から吉澄さんの顔がひょっこり覗いている。

「チョコ買いに行こー!」

 そんな風に教室の入り口から誘われる、なんてことが少し嬉しい。

「チョコ? 何、どういうこと?」

 部活動の準備をちょうど終えた倖子ちゃんが、私と吉澄さんの顔を交互に見る。

「明日バレンタインだから、そのためのチョコだよ!」

 私の代わりに、吉澄さんが答えた。
 それを聞いて、倖子ちゃんの視線が私にとまる。

「それってまさか……」

 その意味はたぶん、颯見くんにチョコを渡すのかって訊いてるんだと思う。

「あ、その、義理、チョコで……」

「マジで!?」

 義理だと伝えたのに、倖子ちゃんが声を張り上げたから、教室にいる人も廊下で歩いている人までもが、振り返った。

「なんで言ってくれなかったの!?」

 私の所まで早足でやってきて、両肩を掴まれる。

「あたしも一緒に行きたかったんだけど!」

 言った後に、はぁ、と、うな垂れる倖子ちゃん。何も返せず、腕を引かるまま教室を出た。