第7章 似たもの同士


「休日に学校行くなんて、今あたし絶対損してる!」

 校門前の坂を上りながら、隣で倖子ちゃんが叫んだ。

「あ、ご、ごめんね」

「いや、雫が悪いんじゃないから。悪いのは、中雅鈴葉だから」

 倖子ちゃんが来てくれたのは、私を心配してくれているから。鈴葉ちゃんと颯見くんの姿を見て、私が辛くなるのを、心配してくれている。
 
 鈴葉ちゃんは、きっと、私が来たら喜んで出迎えてくれるはずなのに。
 なのに、私は。

「ところでさー、なんでこの人たちも一緒なの?」

 私の思考を遮るように、倖子ちゃんが気怠そうな声を上げた。
 流し目で後ろに向けられた倖子ちゃんの視線を辿る。

 私と倖子ちゃんの後ろを、賑やかについてくる四つの影。

「私達、哀咲さんの安全を守る義務があるから」

「えー歌奈さっきまで、イケメンいっぱい楽しみとか言ってたじゃん」

「ちょっと重太!」

 睨み合う吉澄さんと西盛くん。それを見ながら呆れた息を吐く洲刈くんと、無表情の真内くん。

 一緒に行く約束をしていたわけではないけれど、家の玄関を出ると彼らがいて、そのまま一緒に行くことになってしまった。

「随分、楽しそうな人たちね……」

 はぁっと息を吐いて、倖子ちゃんが呟いた。

 グラウンドに着くと、制服を着た観覧者達がグラウンド前の階段にずらりと並んで座っていて、ソワソワした空気が漂っていた。
 見た感じ、五十人以上はいると思う。

 私たちの学校の制服を着た人が多くを占めていたけれど、たぶん試合相手の学校であろう制服の人も三割ぐらいいて、それ以外にも、見たことない制服の人がちらほら見える。
 想像していたよりも、たくさんの人が観に来るんだということに驚いた。

「あそこに座ろ」

 倖子ちゃんが、ちょうど空いていた階段の端の方を指差して、私の返事を聞く間もなく、歩いていく。
 その後をついていきながら、吉澄さん達のことが気になって後ろを振り返ると、四人はもう別の場所に座っていた。

 階段の砂埃を払って、倖子ちゃんの隣に座る。

「それにしても、さっすが。女子ばっかじゃん」

 言われて見渡してみると、その通り、大半が女の子で、少し色めきだった空気を醸し出していた。

「見てよあれ。朝羽の横断幕あるじゃん」

 倖子ちゃんがぶっと吹き出す。指差した方に視線を向けてみると、『朝羽くんファイト』と書かれた大きな横断幕を、五人の女の子が嬉しそうに広げていた。

「マジちょっと笑える、練習試合だよ? これ」

 気合い入ってるねー、と倖子ちゃんが呟いた直後、わーっと喧騒に包まれて、サッカー部の人たちがグラウンドに出てきた。

「朝羽くーん!」

 横断幕を持っている女の子たちの高い声が、耳に入ってくる。

「あ、いるじゃん颯見」

 倖子ちゃんがそう言う前に、その姿を見つけてしまった。

 ふんわりした黒髪。くしゃっと笑った横顔。
 ドクンと、胸の奥で音が鳴る。

「嵐くーん! がんばって!」
「颯見ーっ!」

 どこからか、颯見くんに向けられた女の子たちの声が、甲高く響いた。

「よくあんな高い声出せるねぇ」

 倖子ちゃんが隣で、鬱陶しそうに呟く。

「ああいうの、苦手だわ」

 マフラーに顔をうずめて、寒そうに手を擦り合わせる倖子ちゃんを見て、申し訳なく思った。
 私のせいで、休日に寒い中、ついてこさせてしまった。

 ごめんね、と言おうとして、倖子ちゃんの寒そうな手から視線を上げると、倖子ちゃんが、あ、と声を漏らした。

「中雅鈴葉……」

 顔を歪ませて見つめる視線の先を恐る恐る辿る。
 
 ふわっと髪をなびかせて、颯見くんのもとへ走り寄る鈴葉ちゃん。颯見くんが鈴葉ちゃんに気付いて、柔らかく笑う。

 立ち並んだ二人は、どこから見ても自然で、隙がなくて。
 
 何を話してるのか、ここからは聞こえないけど、頑張って、とか、ありがとう、とかそういうやり取りをしてるんだと思う。
 鈴葉ちゃんがハンカチを取り出して、それを颯見くんの頬に当てて。颯見くんが笑って、鈴葉ちゃんの頭をぽんぽんと撫でた。

 その瞬間に、また。嫌なものが、胸の奥底で渦巻いた。

「雫、」

 倖子ちゃんにポンっと肩を叩かれた。

「大丈夫?」

 心配そうに顔を覗き込む倖子ちゃんには、私の心の内なんて簡単に気付かれてしまってるんだろう。
 だけど、これ以上心配をかけたくなくて、無理やり大きく頷いた。

「そっか」

 そう言って、ぽんぽんっと私の頭を撫でてくれる。

「あ、試合始まるね」

 そう言われて視線をコートに移すと、ちょうど選手が整列して始めの礼をしてるところだった。