「ここに居たんだな……心配した」


 颯見くんに言われて、自分が随分と長く、この場所にいたことを思い出した。

 なかなか戻らないから、みんなを心配させてしまったんだ。


「あ、ご、ごめんなさい。すぐ、戻ります」


 慌てて立ち上がると、真隣まで来た颯見くんが、ストン、と地面に座り込んだ。


「もう少し、ここにいようよ」


 距離が近いせいで、薄暗くても、くしゃりと笑った顔がはっきりと見える。

 耳に轟くように響く鼓動を聞きながら、気が付いたら小さく頷いていた。


「そこ、座ったら」


 さっきまで座っていた岩を指差して笑う颯見くん。

 だけど、地面に座る颯見くんの隣で、私だけ岩に座るなんてできなくて、岩の前の地面に座った。


「服、汚れちゃうよ」


 颯見くんの優しい声が、耳に届く。


「大丈夫」


 答えると、はは、と颯見くんの笑い声が返ってきた。


 鐘の音が聞こえないぐらい、心臓の鼓動がうるさい。


「もうすぐ今年も終わるね」


 颯見くんが呟くように言った。


「うん」


 どうしよう。心臓の音が鎮まらない。


「哀咲、」


 鼓動の音が、颯見くんにまで聞こえてしまってるんじゃないかって、気が気じゃない。

 聞こえてしまったら、私の気持ちを知られてしまう。
 

 そんなことを考えたら、すごく恥ずかしくなって、思わず膝を抱えてうずくまった。


 その次の瞬間、ふわっと温かいものが、肩にかかった。


「それ、使って」


 颯見くんの優しい声が耳に届く。


 肩にかかったものに視線を向けたら、それは、颯見くんが着ていたコート。


「あ、わ、」


 急に心臓がピッチを上げて脈を打ち始めて、思わず言葉にならない声を出した。


「あ、ごめん。嫌だった?」


 届いた颯見くんの声に、思いっきり首を横に振った。
 鼓動は、音をたてたまま、鳴り止まない。


「あの、そ、じゃなくて、颯見くんが、寒くなっちゃうから」


 慌てて出した声は、少し裏返ってしまって、顔に火がついたように熱くなった。

 顔を俯けて、肩にかかったコートを手にとると、爽やかな匂いが、鼻をかすめる。


「だから、あ、ありがとう。気持ちだけ」


 そう言って、俯いたまま、コートを颯見くんに差し出した。


 颯見くんがコートを受け取ってくれるのを待つけれど、なかなか受け取ってくれない。


「あ、の、」


 少し不安になって、顔を上げると、颯見くんはくしゃっと笑った。


「やっと、こっち向いてくれた」


 ポッと、胸の奥に熱いものが流れて音をたてた。心臓が痛いほど、脈打って、主張する。


 「それは使ってよ。俺が、使ってほしいってだけ。だめ?」


 身体に、熱が回っていく。

 颯見くんは、私が遠慮しないように、そう言ってくれてるだけなのに、なんだかすごく、気持ちが高揚してしまう。


「あ、ありがとう」


 颯見くんは、そういう人で、だから、みんなに人気なんだ。それってすごく、憧れることなのに。

 それなのに、私は、それが私に対してだけだったらいいなぁ、なんて、とんでもなく厚かましいことを思ってしまった。


 鳴り止まない鼓動の音を聞きながら、コートの袖に、腕を通す。鼻をかすめる爽やかな匂いが、さらに鼓動を速くさせる。