「おい、寺泉」


 目から溢れそうになる瞬間、響いた颯見くんの強めの声で、空気が変わった。


「それ以上続けたら、許さねぇ」


 いつもより低い声。


 ドクンと、また、心臓が嫌な音をたてた。


 颯見くんが怒ってる。鈴葉ちゃんを庇って怒ってる。私のせいで鈴葉ちゃんにあんなことを言った倖子ちゃんに、怒ってる。


 その怒りは私に向けられたも同然で。羞恥心でカッと体の奥が熱くなった。


 鈴葉ちゃんの顔も、倖子ちゃんの顔も、見れない。颯見くんの顔も、どんな表情をしてるのかなんて、怖くて確認できない。


 じゃり、と私の斜め前の倖子ちゃんが動いた。


「颯見こそ、中雅鈴葉のこと庇って――」
 
「怖がってんじゃん」


 倖子ちゃんの言葉に覆いかぶさるようにして、颯見くんの声が響く。


 ドクンドクンと、嫌なものが全身を駆け巡っていく。


 鈴葉ちゃん、やっぱり、怖がってたんだ。

 いつも明るい鈴葉ちゃんでも、あんなふうに言われたら、そうなってしまうのは当たり前で。


 私の、せいだ。

 震える手で、ぎゅっと、セーターの裾を握る。


 颯見くんが、小さく息を吐いた音が、聞こえた。



「哀咲が、怖がってる」


 え、と思わず顔を颯見くんに向けた。


 倖子ちゃんに向けられていた颯見くんの目が、私の方に向けられて、優しい色を浮かべた。


「哀咲、大丈夫?」


 胸の奥が、トクンと、音をたてて、身体の震えが引いていく。


 私は、自分勝手だ。
 倖子ちゃんにあんな言葉を言わせたのは、私で。鈴葉ちゃんは、そのせいですごく嫌な思いをしてるはずで。

 それを聞きながら、私はただ何も言えずに震えていただけ。


 それなのに、颯見くんが私に目を向けてくれた途端に、自分だけ、こんな、心臓を鳴らせて。


「あ、あの、」


 鼓動の音を消すように、声を出した。

 瞬間に、みんなの視線が自分に向けられたのを、感じる。


 言うべきことはたくさんあるはずなのに、何を言うかを全く考えていなくて、必死に思考を巡らせた。


 まずは、何を言うべきだろう。謝るべきかな。ううん、たぶん、違う。


「鈴葉ちゃん、あの、大丈夫?」


 言ってから、言うべきことを少し間違えた気がして不安になった。

 だけど鈴葉ちゃんは、ふわりと笑って、大丈夫だよ、と答えてくれた。