「・・・誰かいるの?」
路地にうずくまる人影。
男・・・だと思う。
あたしが近づくとビクッと肩を揺らす。
怯えてる・・・?
よく見ると、頭から耳にかけて包帯を巻いている。
まるで耳を覆うように。
その上からヘッドフォンをしていて、音を遮断しているように見えた。
あたしが足音を鳴らすたびに肩を揺らした。
「貴方、音が怖いの・・・?」
自分でもデリカシーがないと思う。
こちらを向いた少年の目は、涙で潤んでいた
う、わ・・・綺麗な色・・・
目を惹くほどの綺麗な碧眼。
この色、まだ残ってたんだ・・・
よかった、残ってて。
消えてたらこの子の綺麗な目にも気づかなかった。
「喋れる?」
男の子は弱弱しく首を横にふった。
もしかして、自分が喋る声すら怖いとか?
そりゃそうだよね、一番近くで聞こえる音だもんね。
「これ使って」
あたしは自分の携帯を渡した。
液晶にはメールの書き込み画面が移っている。
微かにだけど、男の子の口が「ありがとう」と動いた気がした。
「貴方の名前を教えて」
男の子はなれない手つきで文字を打っていく。
あたしの質問にちゃんと答えてくれるあたり、偉い。
「さくら・・・桜瀬、陽汰・・・?」
変わった名前、って感心する。
あたしが桜瀬陽汰、と復唱すると陽汰は画面に目線を落とした。
また何か打っている。
《君の名前は?》
「あたし?あたしは、百瀬月架。」
陽汰が口パクで月架、と復唱した。
どんな声してるんだろう、陽汰。
きっと透き通ってて綺麗な声だ。
なんて、瞳から推測した勝手な偏見だけど。
《高校生?》
「本当ならね。・・・でも訳あって通ってないの。高校」
陽汰を怖がらせないように静かな声で答える。
陽汰は首を傾げてこちらを見てきた。
どうやら、その”訳”を聞きたがってるようだ。
あたしは誤魔化すように微笑んだ。
「またいつか教えるよ。」
陽汰は渋々納得したのか、また何かを打ち込み始めた。
今度は少し時間がかかっている。
《信じてもらえないかもしれないけど、俺、犬と同じくらいの聴覚を持ってて、人より音に敏感なんだ。》
初対面のあたしにここまで話しちゃっていいの?
随分フレンドリーな子なんだな。
「信じるよ。その怯え様は本物でしょ。あたしも大きな音立てないように頑張る」
陽汰は笑顔で頷いた。
素直でいい子じゃないか。
「陽汰、家は?」
《もっと向こうの方》
陽汰が港町の方を指差す。
どうしてこんな遠くに?
「家にいた方が安全じゃないの?」
陽汰は首を横に振ってから液晶を見せてきた。
《ダメ。お父さんとお母さん、いつも喧嘩ばかりでうるさい。》
複雑な家庭なのかな。
「じゃあ、うち来る?安心して。あたし両親居ないから静かだよ」
陽汰は嬉しそうに微笑んだ。
とてもやわらかい顔で笑うじゃん。
あたしだって、放って置けなくなるわけで。
「ついてきて。」
