風と今を抱きしめて……

 谷口が何やら警官と話をしている。

 戻ってきた谷口によると、今夜は旦那は警察に泊まる事になるが、真矢を病院へ連れて行った方がいいとの事だった。

 ユウと谷口は真矢に付き添って病院へと向かった。



 警官から事情を聞いた女医はやさしく真矢に声をかけた。


「大変だったわね…… 赤ちゃん元気に育っているわよ。先の事はゆっくり考えればいいわ。しばらく入院して休みなさい。お母さんに笑顔が戻らなきゃ、赤ちゃんも心配するわよ」


 真矢は女医の言葉に黙って肯いた。


 真矢が病室のベッドで眠りにつくと、一郎に報告していた谷口が戻ってきた。


「今夜は真矢さんに付いてくれとの事です。目が覚めた時一人じゃ不安だろうからって」


「でも、俺なにも出来ないけど……」

 ユウが不安そうに谷口を見た。


「どうせ暇でしょう?」

 言うと谷口は去って行った。


 ユウは、ベッドに眠っている真矢の顔を見つめるしかなかった。。

 ユウは他に行く場所も無く、ここに居るしかない。

 それでも、目の前で眠っている真矢を救い出すという任務があることに、ユウの心は救われている気がした。


 朝方、真矢は目を覚ました。

 ユウの顔を見て、一瞬誰だか解らないようだったが、


「夕べ助けてくれた…… 付いていてくれたんですか? すみせん。もう大丈夫です」

 真矢は力なく言った。


「何か飲む? ちょっと待っていて」

 ユウは部屋を出た。


 ユウは抱えきれない程のジュースやお茶を持って、部屋に戻って来た。


「どうしたんですか?そんなに沢山……」

 真矢は驚いて、ペットボトルの山を見た。

「何がいいか聞くの、忘れちゃって……」

 ユウはどさっと飲み物を置いた。


 その言葉に真矢が、ふっと笑った。


 その笑顔にユウは、ほっとして笑みがこぼれた。


 ユウはあの事故以来、一度も笑った事など無かった。