風と今を抱きしめて……

 あれから、二週間ほど経ったが、一郎は友紀子と口を効いていなかった。

 ただ、一郎は以前より海外へ行く事を真剣に考えていた。

 資料を集めたり、進路指導の先生にも相談していた。

 父親に話すには具体的な事を考えておく必要があると思ったからだ。



 夕方、家の前までたどり着くと、友紀子が玄関の外で立っていた。

 一郎の姿を見ると、「早く、早く」と手招きした。

 友紀子は、一郎の手を引っ張り縁側へ座らせた。


「なんだよ?」

 一郎は、友紀子の行動に戸惑った。


「ちょっと待っていて」

 友紀子は駆け出して行ってしまった。


 しばらく待っていると……


「おじさん、こっち、こっち」

 達彦の手を引っ張って戻ってきた。


 友紀子は達彦を座らせると、


「ジャジャ―ン」

 お盆に何かを乗せて持ってきた。


 お盆の上の器には、艶やかな水羊羹が乗っていた。


「どう?私が作ったの。おじさんも一郎も好きでしょ」


「おう。有紀ちゃんが作ったのか?凄いな」

 達彦の目じりは下がり嬉しそうである。


「本当に? お菓子なんて作くれたのかよ」

 一郎はちゃかして言った。


「失礼ね。文句があるなら食べなくていいわよ」

 友紀子が頬を膨らます。


 一郎は慌てて

「食べます。食べます」

 お皿の上の楊枝を持った。


「おじさんも食べて」

「おう、頂こう」


 水羊羹は本当に美味しかった。

 三人で他愛も無い話に笑った。


「おじさんも、一郎もちゃんと話出来るしゃない。言いたい事ちゃんと言いなさいよ」

 友紀子はお盆を持って行ってしまった。


 一郎は慌てて「おい」と声を掛けたが遅かった。


 しばらく間が空き、達彦が口を開いた。


「何か話があるのか?」


「うん…… 俺、アメリカに行きたいんだ。語学を勉強しながらバイトして、他の国を周って、この目で見たい物が沢山あるんだ。」

 一郎は、達彦が怒って席気を立ってしまうのではないかと覚悟していたが、達彦は黙って聞いていた。


「俺が工場継がなきゃいけないのは分かっている。でも、俺もっと勉強したいんだ。もっと、色々な物を見て、将来を考えたいんだ。
 何か出来るか分からないけど…… 父さん、ごめん……」


「べつに謝る事はないだろう…… 工場の事は別にお前に継いで貰おうと決めていいた訳では無い。うちには優秀な社員もいるし、息子だってお前以外に二人もいる。
 どちらにせよ、工場を心から愛し信頼出来る者に譲るつもりでいる。だいたいこの工場だって、俺が自分で考えてたどり着いた末、一から築き上げたものなのだから……」

 以外な言葉が達彦の口から出て来た。

「……」

 一郎は、なんと言っていいのか分からなくなってしまった。