風と今を抱きしめて……

「えっ。何言い出すんだよ」

 一郎の声は明らかに動揺していた。


「私、見ちゃったんだよね。この間一郎が進路相談室から留学の資料を持って行くの……
 それに、外国の本や旅行会から沢山パンフレット持って来ているじゃない。
 新聞の海外面だって真剣に読んでいるし。」


「何で解ったんだよ?」


「そりゃあ、保育園の時からずーっと一緒に居ますからね…… 一郎の行動はすべて分かっているつもりよ」

 友紀子は腰に手を当て、自信あり気な目をした。


 一郎は、友紀子が自分の事を見抜いているのに、友紀子の事を何も知らなかった。

 自分は今まで友紀子の何を見て来たのか、と思うと情けなかった。



「一郎、英語の成績だっていいし、行けばいいじゃない」


「簡単に言うなよ。金だって掛かるし、俺は工場の跡取りなんだし、だいたい親父になんて言うんだよ。あの頑固者、話なんか聞く訳ないだろう」


「最近、一郎とおじさん顔合わせても、あいさつもろくにしないよね……」


「向こうが、口効きたくないんだろう」


「そんな事あるわけ無いじゃない。親子なんだから!」

 友紀子が少しキツイ口調になった。


「親子だからって、何でも話せる訳ないだろう! 気に食わねぇ事の方が多いんだよ」

 一郎もキツイ口調になる。


「そんなの、我儘だよ。側に居るのに、話す事だって…… 言い合いになったっていいじゃない。言い合えるだけ幸せだよ」

 友紀子の目から涙がこぼれ落ちた。

 一郎は、しまったと思ったが、友紀子に好きな人が居る事、東京へ行くこと、情けない自分の事が頭を駆け巡り

 「うるさい!」

 怒鳴ってしまった。


「何もしないいで、諦めるなんて…… そんな一郎かっこ悪すぎる」

 友紀子は吐き捨て教室を飛び出してしまった。


 一郎は、友紀子だって父親が生きていたら、いろんな話したかっただろう、と思うと、自分が我儘だと思った。

 友紀子に怒鳴ってしまった事を後悔した……


 窓の外から聞こえるセミの鳴き声でさえ、一郎を責めているように思えた。