一郎は友紀子に想いを告げる事は無く、同じ高校へと進学した。

 同じ剣道部に入り相変わらず、一緒に過ごす事が多かった。


 三年になり、夏休みの補習授業の後だった。

 教室には、一郎と友紀子だけだった。


「ねえ、高校卒業したらどうするか決めた?」

 友紀子は、教室の窓からグラウンドの野球部の練習を見ている。


「どうするも何も、親父の工場で働くしかないだろう」



「ふーん、私、卒業したら東京の大学に行こうと思っているの。母さんにも話したわ」


「えっ」

 思いも寄らない友紀子の言葉に一郎は驚きを隠しきれなかった。


「去年卒業した雨宮先輩って覚えている?」


 雨宮先輩とは一郎が入部した時の剣道部の部長だった。

 二つ上の先輩で、男らしく真面目であったのが印象に残っている。


「ああ」

 一郎は、頭の中が整理のつかないまま返事をした。


「先輩、東京の大学に行ったの。卒業式の日に告白されて、私、ずっと好きだったから、うれしかった」

 友紀子は眩しいくらい綺麗で、恋をしている目を輝かせていた。


 一郎は、頭から心臓に向けて何かにぶち抜かれたような衝撃を受けていた。

 状況を把握するまで、時間が掛かった。

 そんな事とは知らず、友紀子は話を続けた。


「先輩が、東京に来ないかって。勿論、先輩の近くに行きたいのもあるけど、自分の夢、試したいの」

「夢って?」

 一郎はやっとの思いで声にした。


「学校の先生になりたいの。中学で剣道部の顧問とかやりたいなあって、ずっと思っていて…… 向いてないかな?」


「そんな事はないけど。いや、友紀子ならいい先生になれるよ」


「本当に? 一郎にそう言ってもらえると、頑張れそうな気がする」

 友紀子は、無邪気な笑顔を見せた。

 一郎は益々胸が苦しくなって来た。


 友紀子は小さくため息をつくと、覚悟を決めたように一郎を見た。


「一郎、本当に工場で働くの? 本当は、よく解らないけど外国へ行きたいって思っているんじゃないの?」

 友紀子の言葉に、一郎は胸を掴まれた気がした。